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      <title>ひとコーナー：ねおかん のおもしろそうな出来事。:ねおかんぱーにゅ南部</title>
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         <title>Googleドキュメント、共有が凄いです</title>
         <description>（解らない人ごめんなさい）
オーナー、グループ、全て・・という考え方で、リードとライトの権限を上手に与えているわけなので、考え方はサーバのパーミッションと似てるんですが、ユーザインターフェースが巧みで驚きます。
例えば、作成したデータを見せたい場合。
プリントができることは勿論ですが、Gアカウントを持っていない人へは、シート単位でwebで公開する方法で共有できることはすでに当然？です。
こないだからガジェットで共有する方法や、公開オプションでhtmlに埋め込むソースが書き出せたり、pdfやrssでユーザがリアルタイムでurlからデータを取得できることに気づき、もうはがれるウロコもないくらいです。
そう言えばフォームも進化しています。
googleが作ったブラウザはどうなるんだろう。凄いなぁ・・</description>
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         <pubDate>Wed, 10 Sep 2008 09:44:14 +0900</pubDate>
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         <title>相変わらず本好き</title>
         <description>郊外に巨大な本屋さんがいくつも出来て、昔は都会に行かなければ見ることが出来なかった専門書をいつでも触れることができるようになりました。専門書は内容が気に入らないと殆ど利用価値がないのでじっくりと確かめて手に入れるようにしています。なので頻繁に行けることはありがたい。

高額な専門書も発刊のサイクルが早まっている気がするのは私だけでしょうか？
以前は本屋に出かけて棚に目を走らせると、殆どの本はチェック済みで新顔を見つける事が容易でしたが、ここ２〜３年？どんどん入れ替わって、1ヶ月も棚をご無沙汰してしまうと焦ってしまうほど新しい本が入っている事があります。これはひょっとして本屋さんのマーケティング力が向上したのかな？と思いきや、本そのものもクオリティーが高いし、さらにうかうかしていれない気にさせられてしまいます。（で、結局買ってしまった。となる）

昔は、廃刊や、もともと自分の目につくことなく通り過ぎたりして、手に入らない本が沢山あったと思います。ほどよく情報が陳腐化されていたのかな。
ところが性根が本好きの私。タイミング良く棚が入れ替わって、興味深い本を見せられたら買わずにはいれません。ネットでは中古を安く手に入れられるし、探して探せない本の数のほうがはるかに少ないです。いつ、どこで手に入れるかを待っている状態でもあります。

本はたやすく手に入っても情報処理するのは私という人間ですから、頭や体が追っつかない。
１つの目的に、３つも４つもプロセスを見せられると、混乱して結果的に遠回りになりかねない。多少クセはあっても先生は一人のほうがいい。と思うのですが・・・。

だいたい私の本棚の状況が想像ついたでしょうか？ともかく、見る本も見ない本もぎっしり。
いい訳するわけではないのですが、きちんと整理はしてます。どこに何が書いてあるかも把握はしているつもりです。しかし増え続ける本。これは実用なのか、いっぱい情報を持っていることを趣味としているのか微妙なところになってきました。

こんな状況を変えてみようと、最近、本屋さんで工夫していることがあります。
１．良い本をじっくり探すこと。
２．なるべく立ち読みですますこと。
３．買わずに未練が残ってる本をチェックすること。

でも結局買っちゃう私なんですが、年に何回かはつま先までビリビリくるような衝撃的なページに出逢うのがたまらなくて、やっぱり本は魅力がありますね。

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         <pubDate>Fri, 01 Aug 2008 09:04:56 +0900</pubDate>
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         <title>朝はいい時間ですね</title>
         <description>朝はいい時間ですね。

20代は音楽をやっていたおかげで、夜は明るくなるまで夜更かし。当然起きるのは決まってランチに間に合う時間。
40を超えたころ、なぜか5:30に決まったように目がさめるようになり目覚まし時計が必要無くなりました。
朝起きると、昨晩ムカムカしていたこと、思い悩んでいたこと、すっかり忘れる勢いで気分が爽快なのはなぜでしょう？
おまけに、明解に難問がとけたり、新しい発想がふっと浮かんできます。生まれ変わったように、私にとっては最高の時間です。
それが年々顕著になってきたような気がして、朝が楽しみなので早く寝る方が得策。と、夜はあまりこだわらないようにしました。だって、寝るだけで解決するんですから。

一日のサイクルで時間の使い方にリズムが出来ると、1週間、1月、1年・・・5年、10年と時間の読みができるようになり、逆にあっという間に過ぎてしまう気がして焦りも感じてしまうのですが、それはそれでこれからある時間を有効に使おうと、一生懸命生きたり、一生懸命なまけたりするようになった気がします。


おいしい物が沢山あると、つい欲張っていっぱい食べよう、いっぱい食べたいと思ってしまいますが、限度があります。ギャル曽根ちゃんみたいになれたら嬉しいなぁと思いつつも、今の私は消化力があまり旺盛ではなく、ほどほどに楽しむのが気持ちいいことが経験で解ってきました。
朝食を食べなくなってかなり経ちますが、私にとっては間違いなく体調がよく、生活指導の方には怒られますがもう少し続けたいと思っています。

食べ過ぎで消化できないのは、食べ物ばかりではありませんね。
植木鉢の水や肥料のやり過ぎ。早く育て！と、手をかけすぎても当の植物には大迷惑な話。おまけにほったらかしで何日も放置されたら弱るのは当たり前。私はこれで園芸家を断念しました！？

勉強のしすぎ、考えすぎもそうじゃないかなぁ。
それこそ適度に年をとってきた私は、これまた適度に脳の反応も鈍ってきて、あまり詰め込んで考える事を放棄するようになってきました。これは良い傾向だと思っています。
なぜかというと、勉強がどんどん出来るときは、知識が先行して結果や実体験がついていきません。反省や改善、そして熟成、消化といった作業が追っつかないと思います。

時が解決する→これは忘れる事だと思いますが、バランス良く時間が過ぎていくことが大事なんだと思えるようになりました。
だから、寝たり、なまけたりすることはいいんですね。

土いじり、とくに縄文土器を作っていてそう思います。（弥生土器ではダメです！？）
時間が延々と過ぎていって、縄文人の土器に込められた想いが時空を超えて飛び込んでくるから不思議です。これはやってみた人で無いと解りません。（これ以上言うと思想っぽくなるのでやめます）

スローライフなる言葉がありますが、ゆっくりやることがいいことなんではなくて、そもそも消化できないスピードで物事進み過ぎています。せっかく面白いことがいっぱいあるのに。と思えてなりません。</description>
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         <pubDate>Fri, 25 Jul 2008 08:43:58 +0900</pubDate>
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         <title>ひと夏に一回くらいは…の巻</title>
         <description>「えーとたしかこうやって…」となんとなく覚えているもののひとつに浴衣を自分で着ることがある。
子供ではないが「でっきるっかな〜♪」と頭の中にBGMを流しつつ、着付けのプリントを見る。
（すでにこの時点で覚えていないのがバレバレだ）

今年もそんな季節となり、そんな機会がやってきた。
7月9日（水）に八木先生の書道教室の皆さんと浴衣で団扇の作品展をし、
ねおかんで季節の花を生け込んでくださる内記先生のお弁当をいただくことに。
私同様、書道の生徒じゃないけれど、参加したいかたはお早めにご連絡を。
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         <pubDate>Wed, 25 Jun 2008 10:32:32 +0900</pubDate>
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         <title>私の相棒のビーバーと焼きものの因果関係</title>
         <description><![CDATA[昨年の5月下旬に購入したビーバー（草刈り機、刈り払い機とも言う機械の通称？）は、手放せない存在になってしまいました。
なんでこんなにいいもの今まで使わなかったのだろうと、悔やんでもしかたないので今一生懸命使っています。

私の正確にピッタリなんでしょう。ビーバーを手に入れてから草刈りが楽しくてしかたありません。
・きれいな花が咲いていたことに気づかなかった。
・空き缶やタバコの吸い殻がいかにいっぱい自然の中に捨てられているか。
そして、こんなゴミは私が拾わない限り草を刈る度にいつもそこにあることにも気づき、とうとうゴミ拾いもするようになりました。
草刈りをしているといろんな事に驚いたり、腹が立ったり・・。自分をふり返ることにもなります。

人のためにきれいにしたいと思って始めたのでは無いのですが、いろんな事が起こりました。

↓　ねおかん回りの生い茂る雑草を見かねて、ビーバーを手に入れ、草刈りに励んだ。
↓　腹筋が鍛えられたせいか、悩まされていた腰痛が軽減した。
↓　きれいにする範囲が広がっていった。
↓　きれいにしたら、以前よりどこからともなく人が集まるようになっていった。
↓　ねおかんのお客さんも「いいところ」と誉めてくれ、できるだけ維持したいと考えるようになった。

そうして今年は、関川の川上の川岸に生い茂ってしまった、つるや雑木を、有志で切り倒し今まで隠れていた水面を見えるようにしました。
見晴らしがすごく良くなり、いっそう健康的な雰囲気になった気がします。

ところが、想像していた事ですが、そこで出た木の枝やつるの処理に困っています。
積んでおいたところは草が刈れずに山になっているし、そのまま腐らすのもせっかくの景観が台無しです。なんとかしたい！オブジェを作る？
チマキを茹でる燃料にする？
チップにしてスモークに使う・・？

ちょっとずつ整理をしながら、焼いて灰にし、焼きものの釉薬を作れないかな？なども考えています。
（<a href="http://www.city.myoko.niigata.jp/guide_seikatu/kurasi/18kankyou_soudan.html#anchor640384">野焼き禁止</a>／妙高市ホームページより）

<img alt="080524_2.jpg" src="http://neo-cam.net/human/images/080524_2.jpg" width="153" height="204" />

<img alt="080524.jpg" src="http://neo-cam.net/human/images/080524.jpg" width="408" height="306" />]]></description>
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         <pubDate>Sat, 24 May 2008 10:35:09 +0900</pubDate>
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         <title>土いじりで得たもの</title>
         <description>焼きもの（土いじり）をやるようになってからですが、経験からこんな事が実感できるようになりました。

「世の中には、負のオーラを発する○○（場所、人、モノ）があって、私の場合はそれに近づいたり関わったりすると肉体的、精神的ダメージをこうむり、半日〜翌朝まで調子が悪くなるようだ。」

たぶんそれまでは、自分の否としていたり、なるべくそれを感じないようにバリアを張っていたおかげなんだと思います。
歳をとったせいなのかもしれませんが、その負のオーラに出くわした時のショックは年々大きくなっていくような気がして、最近では自分から近づかないか敏感に察知できるようになりました。危機感から身を守る護身術みたいなものなのだと思います。
考え方を変えれば、これはいいことです。なぜなら、正のオーラを気持ちよく受けられるようになり、そんな中に自然に入っていけるようになったからです。

敏感にと言いましたが、必ず事前に察知出来るわけではなく、近づいてみたら「ぅわっ、これはマイナスだった」と言うこともいっぱいあります。でもこれは神様が与えてくれた課題なんだと思います。だから最初は恐れず飛び込めます。

土いじりをやると、作物を育て、人間を育む大地のオーラに直接触れられるばかりか、それによってつちかわれてきた様々な文化と出会い、なにより新しい形を無から造形できる驚きや喜びがあります。
そしてもっと実感できたのは、自然の時間と自分の頭の時間が同調するという事でした。作品は自分自身であり、作品を創るということは自分を創るということだからです。（話では解らないので、興味がおありでしたら体験してみてください。）

単純な過程をたっぷり味わう中で、脳みそが無理せず、歩調をあわせながら思考が熟成していく充実感は量りしれません。
というのも今の世の中、早く考え決断したり、いろんな事を同時に考えなくてはいけなかったり、それに慣れすぎているような気がします。

土いじりのおかげで、自分を認め、他人も認め、世の中の様々な現象の存在を以前より認められるようになってきました。
一方で、無理や偽り、隠し事などにも敏感になっていました。そのようなものは引き寄せ合う性質があるようで、その周囲には負のオーラがたちこめる。という訳です。

人間には得意不得意があるので、きっと土いじりだけがこうなのではなくて、編み物や書道、彫塑、掃除洗濯、じゃがいもの皮むき、畑の草取り、ひょっとしたらみんな通じるものなのかもしれません。できれば一人でやれるものがいいんじゃないかな。
正のオーラは、これまた引き寄せ合う性質を持っていて、そんな意味でねおかんは、脳みそが活性化する良い場所だなぁと実感しています。作ってくださっているみなさんに感謝しています。</description>
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         <pubDate>Sat, 05 Apr 2008 16:10:22 +0900</pubDate>
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         <title>収穫多い研修でした</title>
         <description>１週間ほど妙高を離れていました。
本日戻りますが、雪がどれくらいとけているかな？春の花がどれだけ咲いているかな？
楽しみです。

また、おもしろいテーマもどっさり仕入れましたので、オンやオフでみなさんに還元していけると思います。
４月からさらにご期待ください。</description>
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         <pubDate>Tue, 18 Mar 2008 08:37:58 +0900</pubDate>
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         <title>目で食べる</title>
         <description><![CDATA[<p style="color:green;">> 和食は（洋食もそうかもしれませんが特に和食は）目で食べている部分が大きいと思います。舌と五部五部か、もっと目の方の比率が大きいのかな？盛られる器によって味が全く違いますね。（海山　森人<a href="http://neo-cam.net/human/archives/2008/02/25-184353.php#comment-308">→そのコメント</a>）</p>

目で食べる。え〜？　口で食べるんでしょ。なんておきまりの展開から・・。

「和食は目で食べる（目でも味わう）」私も昔からそう聞いていました。正直抵抗がありました。「料理の彩りに○○を」という言葉も、個人的に、ほんとはあまり好きではありません。
「食べ物なんだから、おいしいことが一番大事なんじゃないの？おいしく調理をして、栄養バランスもよく組み立てれば自ずと美しくなる・・。」
そう信じ切っていたからです。

ところが、どうやらそうでもなさそうだということに気づきました。
和食と洋食を同じように比較してしまったことが、そもそもの間違いのもとでした。

見た目の違いとしては、和食は敷き葉など、食べられない（食べない）ものも皿の上に盛りつけますが、洋食はあまりしません。ピックや銀串のようなものはありますが、マロニエの落ち葉を皿に盛ったフランス料理など見たことがありません。
ちなみに、中華は食べられる素材で飾りを作ります。

ヨーロッパでは昔から、優れた料理人は芸術家とならんで地位も高く評価されていました。今では日本でも有名シェフは偉そうにしていられますが、昔の料理人さんが、人の前にでて腕組みをして胸を張っている姿は私にはイメージできませんでした。
日本の料理は精進料理の字の如く、心を鍛錬し、礼を重んじ、命を頂く料理です。
ですから、洋の食はアート（芸術）とすれば、和の食はハート（精神）です。
つまり、アートである洋の料理にとって、皿はキャンバスなので、出来るだけシンプルにまた、料理を引き立て、邪魔をせず、時に料理のデコレーション（額縁）であったりします。作り手も、お客も、サービスも、音楽も皿の上の料理（作品）を支点にしています。
和はどうかというと、皿は料理のためではありません。言い方を変えれば皿そのものも料理の一部。なので食べない葉っぱも飾りではありません。
食べない部分にも大事な意味があり、その最たるものは間。和の文化では無の在り方がものすごく大事です。
無いことによって想像力が高まり、精神的な満足が得られるというのもあります。影によって物の存在を知るようなものです。
また、無は、無限でもあり、料理も大宇宙の縮図と考えることができます。
と、こんな感じです。

和の場合は、ともかく、器の上にあるものは食べ物には違いありませんが、それ以外の全てのものも、その食べ物と同じくらい意味があるものだと・・。
以上はあくまで私の解釈です。

「目で食べる」というと、美しい盛りつけや、器の事と勘違いしてしまうのではなかろうかと思います。
ということで、目で食べるというのは、私にとっては、和食に変な先入観を抱かせるあまり良い言葉ではなかった。という話でした。
日本のものはとかく、感覚のものが多く、若い世代やどんどん新しい情報が入ってくるような注意散漫な環境では、うっかり見過ごされてしまいがちなものなのかもしれませんね。
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         <pubDate>Fri, 07 Mar 2008 16:40:34 +0900</pubDate>
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         <title>なりたい人になる</title>
         <description>今日内記先生（ねおかんのお花の生けこみをしてくださっている先生）から
ふきのとうの天ぷらをいただきました。
今朝は雪かきをしたというのに胃袋には春が訪れるようです。

さて、わがやの味（内々では「いえあじ」と呼んでいます）のホームページがいよいよ公開されました。
私は準メンバーとして、主に記録のお手伝いをしています。
料理全般まだまだひよっこですが、やはり手をださずにはいられない（口はだしません、だせません）…そんな楽しい仲間が集まって活動しています。

昨日は自主活動として昨日は白和えを作りました。
でも、クルミのかわりに白ごまでにんじんのかわりにほうれん草。
豆腐一丁分を作ると、さすがにふたりでは食べきれませんでした。。
（そりゃーそうでしょ！！と世詩絵さんのつっこみが聞こえてきそうです）
それでも…ちゃんと作ることができたし、美味しかったし、満足満足。

郷土料理は、何となく食べたり見たりはしていても作ったことがないものが多かったので
いえあじを通じて自分自身が体験させてもらっていることを実感します。
自分の作るものがすべて美味しく…というのは先の目標ですが
そこそこ自信もって食べられるような（食べてもらえるような）人になりたいです。

日々の生活のご飯作りも私にとっては「いえあじ自主活動」の繰り返しかもしれません。
もちろん視察と言いつつ、外食も楽しみにしますけれど…笑。</description>
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         <pubDate>Wed, 05 Mar 2008 10:06:53 +0900</pubDate>
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         <title>見る目があると得する話</title>
         <description>人の価値観って解らないです。
例えば、今自分が見ている景色って、他の人にはどう見えているんだろう？

ただの雪景色に見えるかもしれませんが、私たちが見るのと、沖縄の人が見るのとでは見え方が全く違うんでしょうね。
子供の頃見ていた雪景色と、「大雪の災害の困難」や「待ちこがれていたふきのとうの味」を味わってきた今では、自分の中だけでも変化していますから、他人にどう見えているかなど想像もつくはずありません。
「好き・嫌い」「欲しい・いらない」「美しい・醜い」これらがよ〜く見えてくるのは、いろんな経験を積んだあとなのかもしれません。私もまだ先輩の半分ですから。

器の話ですが、
私は西洋料理屋の家に生まれ、ホテルに勤めフランス料理を勉強しました。
洋食器というのは解りやすくて、ホテルではレストラン毎にデザインが決まっていました。
宴会なら金縁、コーヒーショップは淡い黄色、フレンチなら花柄、といった具合。
皿は１インチ毎に6、7、8、9、10インチ、それにコーヒーカップ、ティーカップ、デミタス、チャイナ、シリアル・・といったふうにサイズや形は違いますが、同じレストランは同じデザイン（シリーズ）で統一されているものでした。
一概には言えないのですが、器に求めるものは日本料理の比ではなく（質が違うと言うべきか・・）、器選びの選択肢が少ない分、今思えばある意味助かったと思います。

和（日本人）の感性は、食文化にも特別なものを求めていると思います。
盆栽や茶器の世界では、形やたたずまいを「景色」といいますが、具体的には、こんもりとした頂点になだらかな肩は「山」。登り下りある口縁は「道」。など。正円を嫌いわざと歪ませて作ったりもします。
時に、茶碗の内側や盆器のある空間を”万物を凝縮した大宇宙”に例え、スケールが大きいです。
西洋人が器に宇宙を表現したい時は、きっとロケットや星の絵を皿に描くんでしょうね！？

私はあるきっかけから陶芸の世界に足を踏み入れました、磁器、陶器、色、素材など身をもって知ることになった訳ですが、それまで持っていた器の価値観が全く変わってしまいました。
一言で言うと、何がどうやってそうなるのかを経験し、見る目が少し養われたんです。簡単には説明できませんが、質の良し悪しばかりでなく、いかに今まで表面的にしか器を見ることができなかったか、ということに気づきました。
手元にある無数の食器を久しぶりに手にとってみると、全く違うものに見えてしまったんです。お店で食べる時もそうです。
見えていなかった頃をふり返り、不思議な気持ちになります。

見る目が養われたおかげで、食事がさらに楽しくなり、器に限らずモノの価値観にも影響が及んでいました。
価値観が変わると、同調したり興味を引かれる人も変わり、おもしろい知りあいや仲間が増えました。同じ相手でも一層理解できるようになったところもあります。
お得ですよね。</description>
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         <pubDate>Mon, 25 Feb 2008 18:43:53 +0900</pubDate>
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         <title>バランスのとれた人間</title>
         <description><![CDATA[<img alt="080222.gif" src="http://neo-cam.net/human/images/080222.gif" width="250" height="334" class="imgr"  />

西洋の建築や造形に見る二等辺三角形、円形、線対称・・。
対照的に、盆栽の不等辺三角形の姿。業務用手打ち風ラーメン。
欧米人が好むバランスと日本人の感覚は違うといいますね。
自然な美しさを「アンバランスなバランス」と言ったりもしますけど、数字では表せない間や微妙な位置関係でバランスをとるのが日本人の得意技なのかな。

なんとなくあいまいな最たるものが妙高人。
「おまん、そ〜だねぇかねぇ〜」（否定か肯定なのか、聞いた人の解釈にゆだねられちゃう意志表示など）
ある意味、超高度な？バランス感覚を持った地域と言えるのかもしれません。（持ち上げました）

さておき、バランスがとれていないと良い結果にならない事が多いです。
・バランスの悪いファッション
・バランスの悪い食事
・バランスの悪い人間関係
いろんな人が集まってバランスのとれた社会となり、自分にないものを求めて夫婦となるようですし。

人間の五感でいうと、耳が不自由な人は、目や鼻や皮膚が変わりになって、目が不自由な人は耳や創造力が豊かになるのではないでしょうか。
「僕は勉強が苦手だから、体を生かして..」「私はスポーツは嫌いだけど音楽が得意よ..」も？

いろいろな要素がバランスよく揃っていると言う意味では、人間の部品もそうですね。
「右脳」「左脳」「耳」「目」「鼻」「口」「筋肉」「神経」「指先」「心臓、内臓」「足」・・
部品を役割で説明するとこうですか？
考えたり、見たり聞いたり、話したり、食べたり、物を持ち上げたり、運んだり・・・。

飛躍しますが、普段行っている「事業」の時に構成されている”機能”や”パワー”、というもので置き換えてみたらどうなるかな？
情報の収集、発信、伝達。事業部、企画部、事務経理部。ビジョン、スピリッツ、テクニック。実行力、持続力、競争力、資金力、計画性。・・・

そして、自分の仕事のバランス感覚はどうかな？とふり返ります。頭でっかちになっていないかな。走り過ぎて心臓に負担がきていないかな。手元ばかり気にしてちゃんとお客様のほうを見ているかな。スタッフが情報でつながっているかな。

個性も持ち味も大切なので画一的ではおもしろくないし、かといって事業が一つの個体としてバランスがとれていないと、やはり良い結果にならないと感じますね。生長していけないから。

「バランスがとれてる自然界っていうのはあっぱれだな。」
と関心しつつ、自身でその感覚を冷静に判断できないといけないな〜と思う今日このごろ。]]></description>
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                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">things</category>
        
        
         <pubDate>Fri, 22 Feb 2008 07:44:44 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>「ねおかん」が「ねおかん」を抜いてトップに</title>
         <description><![CDATA[<strong>エゴサーチ</strong>と言う言葉をご存知？

自分の名前や、ハンドルネーム、自分の店の名前など、yahoo!やGoogleの検索エンジンで調べることです。「自分ってどれだけ有名なのかな〜？」

ところが、<strong>そうではありませんよ</strong>。
お店をやっているとします。電話がかかってきてお取引の内容だったとしたら、今の世の中コンピュータの前に座っていれば、十数秒あれば、相手の会社の内容がおおよそ把握できてしまうんです。そう、検索エンジン。
個人 対 個人でも同じですよね。

だから、有名人は大変だなぁと思います。不名誉な誤った情報、誹謗中傷などによるイメージダウンが損害となることも少なくないと思われます。
そんな時は泣き寝入りか？というとそうでもなさそうで、「<a href="http://www.isplaw.jp/">プロバイダ責任制限法</a>」というのがあって、ある程度のよりどころとすることができるようです。
つまり、ネットの場合、表面上では個人を特定しにくいケースが多々あるから、情報源をたどる事ができる可能性の最も高いプロバイダが、持っている情報をその責任において開示する義務がある。という事です。オールマイティではないと思いますがちょっとは安心ですよね。

少なくとも、自分の個人情報は自分で守らなきゃいけない。って事です。
（企業だったらオフィシャルページをきちんと管理すべきだし・・。）
だから、エゴサーチは必要に応じてすべきなんだと思っています。

ところで、私の本名でそのエゴサーチをやってみると、面白い事に気づきました。
昔は、私含め２人くらいしかいなかったんですが、最近は4〜5人いるんですよね。
それがまた、趣味やジャンルが似通ってるんで自分でも、あれっ？と思う事があります。名は体を表すのかなぁ〜。と思いつつ・・・そんな中でも、検索のトップにいきたいと思うのは私だけか？

ま、そんなことはどうでもいいですが、それ故ネット時代ではユニーク（唯一）であるかどうかがポイントだなぁ。と感じる訳です。
さてそこで、以前よりずっと気になっていた本題の「ねおかん」のサーチ結果です。
ねおかんは、ねおかんぱーにゅ南部が正式名称ですが、愛称で「<strong>ねおかん</strong>」でずっと通してきました。
立ち上げ直後は、私どももコンテンツが非常に少なく、知っている人だけが、おいでいただければよくって、「SEOなんて」。みたいなところがあったんです。
で、なぜか関西の「おかん」（お母さん）という言葉が妙にヒットして（今もそうですが）、おかしかったんですが、こんな名前はこれからも世間に現れないだろうと高をくくっていたら、最近「ねおかん」というサイト名のブログがトップにヒットするようになり、結構気にしていました。

そちらの「ねおかん」さんは、オリジナルネームも「ねおかん」だから、どちらかというと私のほうが迷惑がられたと思うんですけどね。
しかしながら、<strong>私どものユーザ様にとっては、「ねおかん」で是非ともヒットしてもらいたいもの。</strong>
と思い、それなりに工夫？を重ねてきた結果。ようやく！

私どもの「ねおかん」が「ねおかん」を抜いてトップになったんです！！
（Excite Japan・goo・Google・Infoseek Japan・LYCOS Japan・MSN サーチ・Yahoo! JAPAN・フレッシュアイ…にて調査）
と、今日は、非常にうれしい発見をした日でした。ご報告まで。

みなさんもたまに自分を検索してみてください。]]></description>
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         <pubDate>Thu, 14 Feb 2008 18:39:12 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>中国製の食品</title>
         <description><![CDATA[なにも、中国製がみんな悪いなんて思っていません。でも不安です。
その理由は、洗剤の泡がたった水槽に野菜をほうりこんで洗っているTVの映像。「中国って不衛生だよ」って聞いた話。偽ブランド品やソフトの海賊版が流通している話。・・・などなど、よからぬ情報がいっぱい。
そりゃ、すざまじい高度成長を成し遂げているという話も聞いています。しかし、この根底にある不信感ってなんなんでしょう。

・安心な業者、一流メーカーから買おう。
・ブランドを信じて。
・法律が守ってくれるだろう。

昨今、↑これみんなダメでした。

そもそも信じちゃいけなかった！？

判断するのは自分です。だから守ってくれるのも自分です。
ひょっとして、人を守れるのも自分かもしれない。

だから、勉強しましょう。知りましょう。体験しましょう。
本当に美味しいもの。本当に幸せな食べ物。本当にうれしいこと。

折しも節分。「鬼は外、福は内」。
山とつまれた中国産の安価な落花生。そして隣に少なくて見た目もよくない国産の落花生。
みなさんの家には何がありましたか？何もありませんでしたか？
・・・ところで、みなさんは落花生を作ったことがありますか？

食ぅちゃん、青ちゃん、世詩絵さん、柴ダンさん、みどりさん、みねみねさん、やっこさん、とねおかんのコックさんが、一年かけて編集したウェブサイト「わがやの味」が間もなくオープンできそうです。

（<a href="http://neo-cam.net/archives/2007/02/10-141013.php">一年前の予告記事へ</a>）]]></description>
         <link>http://neo-cam.net/human/archives/2008/02/03-202007.php</link>
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         <pubDate>Sun, 03 Feb 2008 20:20:07 +0900</pubDate>
      </item>
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         <title>新聞読まないわけ</title>
         <description><![CDATA[「こはる日和で仕事もはかどる。元気ですかぁー！」（アントキの猪木）

自慢でも、自己嫌悪でもなんでもありませんが、私も新聞読みません。
（見せるのは好きなんですが・・。→<a href="http://neo-cam.net/archives/2008/01/21-205043.php#times">最近の記事</a>とか）

テレビは大好きです。
でもねおかんに入ってからテレビも見なくなりましたが、唯一の定番は、朝のめざましテレビ。

インターネットでは、Googleツールバーのニュース検索も殆どクリックすることなく、My Yahoo!のニュースコンテンツもしかり。
ニュースを好まない訳ではない。
事実ニュースステーションも、ＮＨＫのニュースも見たい。

ホームから不動、マイミク２人のmixi住人の私は、動かずに入ってくるのが好きなのかと思いきや、本は好きで週に2日は大型本屋さんで充実したいほう。かつY!オークションやamazonもかなりの行きつけだったりする。

・テレビのニュースは大好きだけど、活字のニュースは見ない。活字が嫌いかと言うと、本もメールも好き。
・専門分野だけに興味があるかというと、ニュースバラエティが好きだったり。
・映像があるからテレビが好きなのかというと、地域の有線放送AUKが結構好きで聴く。
・入ってくるものがいいのかと思うと、ネットで検索したり、本屋が好きだったり。

時間がない、字が小さい、配達人が嫌い、新聞紙が性に合わない、持つ手が痛い、そんなお金もったいないから・・違う。
なんででしょう。理由はあります。きっと。

あなたの回りにもいますよね。新聞読まない人。]]></description>
         <link>http://neo-cam.net/human/archives/2008/01/30-111453.php</link>
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         <pubDate>Wed, 30 Jan 2008 11:14:53 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>プランの前の…。</title>
         <description><![CDATA[今日は何もない日です。
（と思ったら、打ち合わせが入っていたのですね…コックさん申し訳ない。。）
良かったらお茶でもどうですか？と声をかけたら、いろんな人が来てくれました。
何度かねおかんを訪れてくださっているのに
こうやってゆっくりおしゃべりするのは初めてかもしれません。

おしゃべりに花が咲きはじめ、3時のおやつの前にひと仕事。
本日の特別課題がスタート！

<img alt="0127.jpg" src="http://neo-cam.net/human/images/0127.jpg" width="440" height="368" />

これは蜜蝋クリーム。
ハンドクリームとしても、かかとのガサガサにもよく効くらしいです。
蜜蝋クリームに感動したかたが作り方を伝授してもらいながら作りました。

その後はのんびりにぎやかにお茶会。
本日の参加者は、縫い物職人、フェルトパティシエ、My陶芸作家、デビューしたてのナレーター、マンションオーナー（予定）とワタクシやっこです。

いつか、またねおかんで大勢の皆さんと会えますように。
楽しいプラン考えますよ。

]]></description>
         <link>http://neo-cam.net/human/archives/2008/01/27-211036.php</link>
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         <pubDate>Sun, 27 Jan 2008 21:10:36 +0900</pubDate>
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