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      <title>ひとコーナー：ねおかん のおもしろそうな出来事。:ねおかんぱーにゅ南部</title>
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      <language>ja</language>
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         <title>2012年はスクラップ＆ビルド</title>
         <description><![CDATA[<p>2011年7月24日、アナログ放送が終了して地デジに移行した。<br />対応が遅れた我が家はテレビ無しの生活を送ることに。テレビは本当に必要なんだろうか？と半年思い続け、今気づくこと・・</p>
<ul>
<li>朝、ニュースに見入ること無く活動するようになった</li>
<li>本当に見たい番組は録画を頼むようになった</li>
<li>今まで以上にインターネット経由の情報を活用するようになった</li>
</ul>
<p>それまで、朝晩のニュース視聴に割く時間は大きいものだった。新聞を読まない自分が最も効率の良い世俗や社会の情報源と勘違いしていた。<br />結局見たい番組は別の方法で見ることができるし、知らなくて困る情報はテレビでなくても手に入る。工夫してでも見る番組以外は無くても生活になんら困らなかった。</p>
<p>こうやってテレビというメディアから離れていると、偶然の収穫も無く社会の最新のトレンドにも疎くなるのか、と思いきや全くそうではない。むしろ一方的なものはフィルタがかかり減衰、そして多角的に情報を求めるようになり自分の意思を持って情報と向き合うようになった。テレビは麻薬か味の濃いインスタント食品のようなものではないだろうか。感覚が麻痺しているから止められない。チャンネルを行き来しているだけでスイッチオフはせず、無理やり選ばされているようでもある。</p>
<p>インターネットのサービスやキャリアの多様化。これほどまで増えてしまった入り口を、いまや全て受け入れて使いこなそうなんて事は考えないほうがいい。噂されるAppleのテレビ、番組のオンデマンドサービス化だってやって来る。<br />地デジ化という格好の機会をもらったおかげで、私の暮らしの中で長年縛られていた不要な習慣が崩壊した。是非も明るみになり、これからは必要な物をその場その場で判断し充填していけばいいということだ。</p>
<p>OSは進化しテクノロジーとキャリアが追随するので、この社会に生活している以上物理的なリビルドは避けては通れない。そこで膨らみ続けるのではなく、不要なものは捨て、いかにスマートにいかにベストタイミングでビルドするかということになる。ITに限った事ではない。人も社会もリビルドするのに格好のタイミングと思う。</p>
<p>いかに人間は不要な慣習に囚われ、惰性を払っているか。変化の波に飲み込まれそうなら一旦スクラップしてみる事を提案する。それによってシンプルで建設的な方向が導かれるに違いない。そして、無駄な消費、無駄な時間に費やしていた大切な物を自分や未来に的確に投資していこうと習慣づけることが、2012年の今からできる自分づくりであると思うのだ。</p>]]></description>
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         <pubDate>Tue, 17 Jan 2012 12:54:30 +0900</pubDate>
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         <title>偉大なる天然</title>
         <description><![CDATA[<p>調味料もそうだ。陶芸の材料に「合成◯◯」対して、「天然◯◯」という文字を目にする。</p>
<p>例えば、天然藁灰（わらばい）、合成藁灰。後者は藁で作った灰の代用品。代用品はオリジナル超えることなどないのだ。</p>
<p>手軽である、安い、などはメリットではなく自分に都合の良いように解釈して誤魔化しているように思える。代用は代用。ホンモノは別のところにあると考えるほうが解りやすく、おかしな納得をさせずに済む。</p>
<p>特に、自分でやってもみないのに、「今はこういう時代だから」と思い込んでしまったら恐ろしいことだ。</p>
<p>手にとってみないと解らない。肉眼で見ないと解らないものばかり。</p>
<p>▼薪窯で焚いた表情</p>
<p><a title="View 'DSC00085' on Flickr.com" href="http://www.flickr.com/photos/50793874@N07/5907193940"><img title="DSC00085" src="http://farm6.static.flickr.com/5111/5907193940_5c9ceb1535.jpg" border="0" alt="DSC00085" width="500" height="375" /></a></p>
<p>▼ぬるっとした灰釉の独特な感触</p>
<p><a title="View 'DSC00086' on Flickr.com" href="http://www.flickr.com/photos/50793874@N07/5907194428"><img title="DSC00086" src="http://farm6.static.flickr.com/5313/5907194428_4b0eb41131.jpg" border="0" alt="DSC00086" width="500" height="375" /></a></p>
<p>▼自作の糠灰、焚き方による変化と複雑な色合い。それも自然光ではっとする</p>
<p><a title="View 'DSC00087' on Flickr.com" href="http://www.flickr.com/photos/50793874@N07/5906639123"><img title="DSC00087" src="http://farm7.static.flickr.com/6034/5906639123_3dbc9ec999.jpg" border="0" alt="DSC00087" width="500" height="375" /></a></p>
<p>▼灰釉と土のしっとりとした色の深み</p>
<p><a title="View 'DSC00088' on Flickr.com" href="http://www.flickr.com/photos/50793874@N07/5906639655"><img title="DSC00088" src="http://farm7.static.flickr.com/6054/5906639655_fb5759b3e9.jpg" border="0" alt="DSC00088" width="500" height="375" /></a></p>]]></description>
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         <pubDate>Wed, 06 Jul 2011 11:38:28 +0900</pubDate>
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         <title>18日は「ほやほや笹団子カフェ」</title>
         <description><![CDATA[先週末、わがやの味プロジェクト（通称いえあじ）メンバーと雨の中笹採りにでかけました。
18日はいえあじ笹団子の日です。

笹を採り、あんこや団子作りなどすべて手づくりの笹団子。
いえあじでは恒例行事として毎年共同で作ります。

そんな出来立てのほやほやを
ねおかんでお召し上がりください。





<strong>ほやほや笹団子カフェ

6月18日（土曜日）午前11時〜　　ねおかんぱーにゅ南部にて</strong>

笹団子　おひとつ130円　　　　笹団子セット＜笹団子おひとつとお飲物＞　300円


<img alt="DSC07344.jpg" src="http://neo-cam.net/human/images/DSC07344.jpg" width="320" height="240" />

〜ほやほやでほっこりニッコリしていただければ幸いです〜
]]></description>
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         <pubDate>Tue, 14 Jun 2011 23:07:45 +0900</pubDate>
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            <item>
         <title>ねおかんファーマーズ</title>
         <description><![CDATA[<p>ねおかんの地味〜な活動に、花壇や畑の会がある。石の上にも三年過ぎたので紹介させてください。</p>
<p>ねおかんの土回りをささえる面々。</p>
<p><a title="View 'DSC01842' on Flickr.com" href="http://www.flickr.com/photos/50793874@N07/5738081729"><img title="DSC01842" src="http://farm3.static.flickr.com/2058/5738081729_3827528627.jpg" border="0" alt="DSC01842" width="500" height="375" /></a></p>
<p>（だいたい真ん中にいる人は嘘っぽいです）</p>]]></description>
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         <pubDate>Fri, 20 May 2011 11:48:47 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>「自分に正直」を加速させたものは</title>
         <description>昨日、ある恩人から「世の中変わる」と言っていただいた。同感だった。
指南を要約させてもらうと「見栄など無用。今を大切に楽しく生きることだ」と受けとめた。
自分の心に正直になれるか、そもそも自分の心が求めているものが見えているのか、そんなことを思いながら記している。

つい先日、ねおかんに活動に来られたかたもこう言った。「今まで人の目を気にしていたが、自分の良いと思った事をやっていくことにしたわ」。実直な人生を歩んで来られたかたの言葉。

そしてまた今日、偶然の出会いから好意にしていただいているかたからツイッターで「生かされている」事への感謝のメッセージ。

恐怖によって人が本来大切にしなくてはならなかったものに気づき始めたのか？
自分に残された時間、自分が使える力、自分ができること・・。
様々な思いが去来する。

私はこう思う。
仮に大震災によって人の行動は変わったけれど、その思いは昔からなんら変わっていない。加速しただけなのだ。或いは、世の中の多くの情報によって埋もれていた本来の自分が洗い出された。・・など。
なぜなら、このお三方が私に発したメッセージは思い起こしてみると３１１以前と変わっていないのだ。私とてそうだろう。


予備自衛官として被災地に招集された知人と再開しながら、私はこんな生意気を口にしてしまった。「文明は破滅するしかない」。人は大きな失敗をしても、のど元過ぎればまた同じ過ちを繰り返し、これだけの情報が与えられ、危機的とも思える状況にあり、それを理解しているつもりでいても未だノホホンとして自分という人間は自分の事ばかり考えているじゃないか。

破滅。なんてしゃべってはいけない事だったかもしれないのだが、自分に対する戒めなのだ許して欲しい。加えて、それはいやだと思っている自分がやらなくてはならないことは何なんだろうか。さらに自分という人間に正直にならねばならん。そう思わされた。
いろんな人の思いが加速している。あれはスタートラインだった。</description>
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         <pubDate>Tue, 17 May 2011 02:32:25 +0900</pubDate>
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         <title>日常を楽しく</title>
         <description><![CDATA[<p>非日常を日常にかき消されないようにしよう。そう思ってみる。</p>
<p>お気に入りの急須を選んで、お茶に合わせて湯のみを選ぶ。</p>
<p>ちょうどコーヒーが切らしていて、玄関のメリッサを3枝へしょり、さっと洗ったらポットごとレンジでチン。</p>
<p>とくとくとついで、朝の一服。</p>
<p>水が美味しければもっといいなぁ。と思いつつ、じゃぁ明日の朝は旧道を回って清水でも汲んでくるか。と。</p>
<p><a title="View '今日は緑釉のポットでメリッサティーだな。' on Flickr.com" href="http://www.flickr.com/photos/50793874@N07/5720269024"><img title="今日は緑釉のポットでメリッサティーだな。" src="http://farm3.static.flickr.com/2045/5720269024_018146d76c_m.jpg" border="0" alt="今日は緑釉のポットでメリッサティーだな。" width="240" height="240" /></a><a title="View 'http://farm3.static.flickr.com/2453/5719725147_34cdae8a84_m.jpg' on Flickr.com" href="http://www.flickr.com/photos/50793874@N07/5719725147"><img title="http://farm3.static.flickr.com/2453/5719725147_34cdae8a84_m.jpg" src="http://farm3.static.flickr.com/2453/5719725147_34cdae8a84_m.jpg" border="0" alt="http://farm3.static.flickr.com/2453/5719725147_34cdae8a84_m.jpg" width="240" height="240" /></a><a title="View 'http://farm3.static.flickr.com/2408/5720291364_c04ff63b99_m.jpg' on Flickr.com" href="http://www.flickr.com/photos/50793874@N07/5720291364"><img title="http://farm3.static.flickr.com/2408/5720291364_c04ff63b99_m.jpg" src="http://farm3.static.flickr.com/2408/5720291364_c04ff63b99_m.jpg" border="0" alt="http://farm3.static.flickr.com/2408/5720291364_c04ff63b99_m.jpg" width="240" height="240" /></a></p>
<p>気づいてみると、ねおかん近くの猿橋に引っ越してからこんなことが日常となった。きっとテレビを見て時事情報をインプットしていた時間と入れ替わって。</p>
<p>早朝の近所の喧騒は、歩いて通勤中の朝の挨拶に変わり。反対車線の車の流れは、川の流れの風景と変わり。</p>
<p>ゆっくり呼吸をするように時間は流れ、そしてデスクに向かう。</p>
<p>その環境に身をおけばそれが”日常”なのだ。</p>
<p>私には、これが田舎暮らしだとは思わないが、人はここを田舎と呼ぶ。ここの人はあえてこの日常を自慢したりしないが、比較できる私は幸せである。日常を楽しみたいと思うなら、それは叶うことなのだ。</p>]]></description>
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         <pubDate>Sun, 15 May 2011 08:02:20 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>新しい汲出で。おひとり朝ティー遊び</title>
         <description><![CDATA[<p>フリーカップと称して、シリーズの食器を考案中にて。</p>
<p>一昔前、そばちょこを湯のみにするというのが流行ったそうだが、遊ぶというのは無責任でいい。自分が癒される。</p>
<p>根拠なく手が動いてしまう私だが、前から作ってみたかった小さい食器。言うならば「おひとりもん」。</p>
<p>一人用のチャイナに小さなカップで朝ティーを。マグカップはどんなにでかくても良いという私は両極端な性格で、おちょこみたいのでちびちびやるのも、実は嫌いではない。</p>
<p>汲出し（くみだし）という茶器があるが、元は訪れたお客様のおもてなしとして、香りと、目で一服楽しんでもらおうというのが汲出しだと思っている。ゆえに、端反り（はぞり）の染付や白磁が粋。というのが私の観念にあった。</p>
<p>同じように、黒い食器は清潔感に欠くような印象もあり自分から求めることは無かったのだが、自分で作れるというのは気楽なもので、ついでに一二個挽いてみたり、黒釉をかけてみることくらい何の抵抗もなくできるからいい。</p>
<p>それでもなお、固定観念に縛られ気味の私は、色の対比よろしく、カフェオレを黒い汲出しとなったカップに恐々入れてみる。今ひとつ美しくはないと判明。しかし、新しい器の形に口元は妙に具合が良く新しいカフェオレの味に満足感がある。</p>
<p>このカップは”フリー” の位置づけでいろんなサイズを作り、使い手に「遊ぶ課題」を出してみようと閃く。</p>
<p><img title="DSC00081.jpg" src="http://neo-cam.net/human//DSC00081.jpg" border="0" alt="DSC00081" width="400" height="333" /></p>]]></description>
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         <pubDate>Sat, 14 May 2011 08:05:44 +0900</pubDate>
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         <title>「人の仕事」を考えてみよう</title>
         <description><![CDATA[<p><img style="display: block; margin-left: auto; margin-right: auto;" title="DSC00086" src="http://farm4.static.flickr.com/3151/5708756410_273a3a352b_m.jpg" border="0" alt="DSC00086" width="240" height="180" /></p>
<p>人の仕事ってなんだろう。</p>
<p>がむしゃらに稼ぐこと。人のためにつくすこと。人のいやがることをやること。自分の得意なことを活かすこと。</p>
<p>それに、自分を向上させるために挑戦すること。人の暮らしの役にたつこと。経済をつくっていくこと。人を育てていくこと。</p>
<p>まだまだあるだろう。</p>
<p>それは、誰の、何のためだろう？考えてみよう。</p>
<p><a title="View '110507photo' on Flickr.com" href="http://www.flickr.com/photos/50793874@N07/5708688002"><img style="display: block; margin-left: auto; margin-right: auto;" title="110507photo" src="http://farm3.static.flickr.com/2327/5708688002_f2e3a1e1ae.jpg" border="0" alt="110507photo" width="400" height="265" /></a></p>]]></description>
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         <pubDate>Wed, 11 May 2011 08:57:06 +0900</pubDate>
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         <title>新潟日報「晴雨計」にコラム掲載</title>
         <description><![CDATA[<p>新潟県内版地方紙夕刊にコラムを連載していただくことになりました（新潟日報「晴雨計」）。</p>
<p>初回は5月12日から。毎週木曜で7月までの3ヶ月です。</p>
<p>食やものづくりで日々感じたこと、市民活動や地域再生をテーマに寄稿する予定。新潟県内のかた、ぜひご覧ください。</p>
<p>掲載された内容は、私が書いている幾つかのブログに後日転載いたしますので、そちらもお楽しみに。</p>]]></description>
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         <pubDate>Sun, 08 May 2011 22:01:16 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>2011年春より新井南部で暮らします</title>
         <description><![CDATA[<p>一雨ごとに春めいてまいりました。</p>
<p>2011年春より、村越洋一、泰子は、ねおかんぱーにゅ南部のほど近くに住居を移すことになりました。</p>
<p>猿橋（さるはし）という、自然の恵みと優しさあふれる、素敵な田舎です。</p>
<p>ものを作り、人と集い、豊かな自然の中で季節のうつろいを肌で感じながら、地域を発信していきたいと考えています。</p>
<p>ねおかんぱーにゅ南部、アルネ小濁、地域再生サイコー会議ともども、よろしくお願いします。</p>
<p>村越 洋一（村シェフ murachef.com）・村越 泰子</p>]]></description>
         <link>http://neo-cam.net/human/archives/2011/03/21-130913.php</link>
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         <pubDate>Mon, 21 Mar 2011 13:09:13 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>かな四文字と類似性</title>
         <description><![CDATA[<p>友達のやってるサイト<strong>「</strong><a href="http://kokochino.net/"><strong>ココチノ</strong></a><strong> 心地のいいコト」</strong>。ドメインも取得できて、いい名前だなぁと思っていたら、そういや最近ひらがなやカタカナ四文字が目につく。</p>
<p>農文協の<strong>「食べることは暮らすこと </strong><a href="http://www.ukatama.net/"><strong>うかたま</strong></a><strong>」</strong>、ソーシャルメディア「<a href="http://kotonoha.cc/">コトノハ</a>」、アニメの「けいおん」「らきすた」。しかし今に限らず「のらくろ」「マエケン」など昔にもあった。（あっ、「マツケン」！）</p>
<p>もともと語呂がいいし、日本人は省略して言葉を作るのが好きなので受け入れやすいのだろう。アニメのかな四文字流行りを見ると、ひょっとしたら時代の流行なのか？とも。</p>
<p>ネーミングとは難しいものだ。プロジェクトの明暗も左右しかねない。人の人生も決めかねない！？（汗；）</p>
<p>ウェブサイトのドメインネームは、短く印象的に。多くの人に好まれて、かつユニークなのがいい。変わった氏名も、お得に感じる・・。</p>
<p>と日頃思っていたら、目に入った。</p>
<p>郵便局もか・・。</p>
<p><strong>「</strong><strong><a href="http://www.jp-network.japanpost.jp/moyorino/">郵便局 あたらしい くふうをつくる。</a> モヨリノ</strong><strong>」</strong></p>
<p><a title="View 'DSC00024' on Flickr.com" href="http://www.flickr.com/photos/50793874@N07/5508239360"><img title="DSC00024" src="http://farm6.static.flickr.com/5053/5508239360_aff3534555.jpg" border="0" alt="DSC00024" width="500" height="375" /></a></p>]]></description>
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         <pubDate>Tue, 08 Mar 2011 12:30:41 +0900</pubDate>
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         <title>IKEAレビュー ”風呂のフタを開けた瞬間”</title>
         <description><![CDATA[<p>妻に誘われて、超多忙の最中に行った、佐渡裕＋シエナ・ウインド・オーケストラのコンサート。</p>
<p>実は、音の一発目が鳴り響くまで、佐渡裕氏がどんな方だったかも、オーケストラがブラスバンドだったってことも、全く意識の中になかった。という無頓着ぶりで知られる私である。</p>
<p>そして、コンサートの終了には涙ぐむほどの感動に酔いしれ、その数日後には30年前のクラブ活動を思い出し、憧れだったKINGのトロンボーンを購入。コツコツ練習に励む日が訪れたという逸話を持つ。</p>
<p>要するに、風呂のフタ（おっ、ここにも登場）を開けるまで中が水だろうがお湯だろうがどうでもいい。という性格なのだ。</p>
<h3>IKEAレビュー</h3>
<p>それは2010年3月4日。ちょうど一年前の思い出が蘇ってきてしまった・・。</p>
<p>幕張メッセで毎年開催されるFOODEX（食品の国際見本市）の仕事を終えて向かったのが宿の近くの東船橋にあるIKEA。一昨年に、都内周辺の雑貨屋、ギャラリー、アートワークの気になるスポットを数日かけて回る。という春の定例研修会のテーマを企画し、その時回りきれなかったIKEAが近くにあることを思い出したのだ。</p>
<p>「すごいところ」という噂だけは耳にしていて、行ってみたほうがいいとは思いつつも、「たかが家具屋でしょ？」的な思いもあったからパスだったのもある。そして風呂のフタを開ける時がやって来た。</p>
<p><a title="View 'DSC01092.JPG' on Flickr.com" href="http://www.flickr.com/photos/50793874@N07/5493286926"><img title="DSC01092.JPG" src="http://farm6.static.flickr.com/5133/5493286926_d4593b3472.jpg" border="0" alt="DSC01092.JPG" width="500" height="375" /></a></p>
<p>駅に降りるなり建物そのものがカンバン。ブルーの外壁に黄色の文字。近づくにつれだんだん大きくなってくる。でかい！</p>
<p>エントランス。ガランとしてやはり巨大家具屋超。ま、とりあえず案内されるがままにエスカレーターで２Fへ。とりとめて凄いという印象はない。（そうそう、チェックだけして最後にピックアップしてくれるというサービスは知っていた）</p>
<p>順路らしきものが目に入って来る。そして進む。進む。</p>
<p>進むうちにその規模の大きさに気づき始める。ここまで見せられるともはや中毒。選びたくなってくる。しかもどうも安そうだ。と気づき始める。</p>
<p>気が効いている。テーマ毎にセットされた部屋には、家具や内装にとどまらず、小物、ライフスタイルまで提案されている。そして、家族で行った時にはお母さん、お父さん、そして子どもと興味の対象が違うことに対するケア。途中の休憩所、一本道の順路、そして売り場のショートカットにいたる配慮など、この膨大な店内を歩かせるお客のストレスを最小限にするための工夫は見事なものだった。</p>
<p>基本的に私は、これでストアロイヤルティ的に大肯定なのである。</p>
<p>感心しきりで、ようやく２F売り場のコースを終了することができた。ただの家具屋と思っていた自分にイノベーションを与えてくれた。実は、これで終わりだと思っていたのだが・・。</p>
<h3>iKEAの食事</h3>
<p>無頓着ぶりをさらけ出す。</p>
<p>続いて目に入ったのが、IKEAのレストラン。まぁ、デパートに併設のよくあるレストランか？程度に思っていたのがさにあらず、完全カフェテリア形式のドデカイ食堂。そこでようやくIKEAが流行りの北欧風ショップであることに気づく。（私はきっと普通の人の逆をいってる）</p>
<p>白いソースの魚料理や、酢漬け、チーズ、クネッケ、シュリンプ、サラダ、スープに甘い菓子類、ドリンク・・。値段も安めな入り口メニューに、ちょっと今風な子どもっぽいサービスかと思ったらさにあらず。ピックアップの快適さから片付けのセルフサービスに至るまでの気配り。そして、その客席フロアにもいろいろなテーマとそれにマッチしたチェア、テーブルがあり、これまた驚かされた。さらにこの広さ。<br />会員向けサービス、子供連れのサービスも行き届いている。 料理のうまいまずいではなく、「顧客と食事」をよく理解している。</p>
<h3>メンバーズカードを作った話</h3>
<p>私がしない事の自慢の一つに「衝動買い」がある。買い物については冷静なのだ。その私が、このあとたっぷり買い物をしてしまったという話。</p>
<p>レストランを出た私は、感心にひたりつつ、やれやれ。と帰ることに。ここは２Fだから・・とエスカレーターで降りる。したら・・・なんと、ここからが先ほど回った順路ほどのショッピングフロアが展開されているではないか。巨大な黄色いショッピングバッグに、そのバッグすらもいっぱいになったらお使いください、というカート、発送用のご案内・・、もう買うしか無い。もちろん安いし品質が及第点であることは先程2Fのレクチャーでたっぷり解っているのだ。</p>
<p>あれよあれよという間にかごは一杯に（もちろん必要なものを厳選して）。行ったことのあるかたはご存知だと思うが、巨大ピックアップ倉庫みたいなコーナーを最後に通過し、ベルトコンベア式のキャッシャーへ。</p>
<p>なんだこの世界は・・。<br />もうなすがままの状態で、メンバーズカードを作ることに。それはそうだ、今回の買い物からメリットがあるし、今度は「しっかりと欲しい物を決めてこよう」とショッピングフロアで心に刻まれているのだ。しかもレストランの会員サービスがお得なことも知っている。</p>
<p>メールマガジンも選んだ。たまにメンバーズカードを眺めては思いを温める。</p>
<p>たった一度きり、数時間、しかも全くの予備知識無しでたっぷりの買い物＋カードまで作ってしまったという驚異のマーケティング。サービスマネージメント。私はあの時のカルチャーショックを、あれからちょうど一年、何人の人に熱く語っただろうか。そしてそのたび、IKEAは私の文化となっていくのだ。</p>
<p>（しもた。誉めすぎたようだ）</p>
<p>もし、行ったことがない方がいれば、IKEA。是非行ってみてください。<a href="http://www.ikea.com/jp/ja/">IKEAのウェブサイト</a></p>]]></description>
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         <pubDate>Thu, 03 Mar 2011 10:23:30 +0900</pubDate>
      </item>
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         <title>市民活動こそ支援すべき</title>
         <description><![CDATA[<p>殻や肩書きを重んじる人がいる。それは、結果であり、意思表示であり、実績であり、責任であり・・。もちろん必要なファクターではあるが、その視点ばかりに固執してしまっては何もならない。何も始まらない。</p>
<p>「法人でないから」「認知度が低いから」「規模が小さいから」・・何てつまらない言い訳なんだろうか。</p>
<p>そんな貧困な発想から、ムダな努力や勘違いの仕組み。本末転倒が生まれるのだ。それは後のこと。それは当事者の問題。</p>
<p>個人が感じ、思い、ひらめき、そして思いを寄せる。</p>
<p>そして人と繋がり、＋個人、＋個人、＋個人、＋個人、＋個人、＋個人、＋個人、＋個人　・・・・・</p>
<p>・・思いを寄せ合う。</p>
<p>そうして小さく小さく積み重ねていくことを市民活動と呼ぶなら、「次はどうしたらいいか」「将来はこうして行きたい」と育てていくのが市民活動支援である。<strong>それをせずに地域は何をすべきか？</strong>と思う。</p>
<p>おおいに支援すべきは市民活動である。それは、金銭や人やモノ、チャンス、そんな具体的なものではない。私達ができるのは支え、育てようと思う自発的な気持ちだ。</p>
<p>もしそこで必要とされる機関があるとするならば、このことをよく理解して未来へ向けて育てられる、創造力のあるシステム構築に違いない。しかしそれとて、誰かにやってもらうことではない。</p>]]></description>
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         <pubDate>Sat, 19 Feb 2011 10:26:32 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>「飽きる」と「信頼」</title>
         <description><![CDATA[<p>「美人は3日で飽きるが、ブスは3日で慣れる」「馬鹿な子ほど可愛い」と言いますが、いずれも人間の本性を正当化する言葉のように感じます。なぜなら、ブスより美人。馬鹿よりお利口なほうが素直に好みますよね。しかしながら、この言葉の裏には…人間は、刺激や変化を好む動物なのだ。ということも示唆しているかのように思えます。いかがでしょうか。</p>
<h3 style="font-size: 1.17em;">「慣れた は 飽きた と紙一重」</h3>
<p>「毎日毎日同じ事をやり続けるのは苦痛でしかたない。」と考えている人は少なくないだろう。反対に「単純作業のほうが向いてるし、頭を使わないから楽だ」という人もいるが、それは仕事の効率などでそう感じているだけで、365日、四六時中同じ作業をやらされたら、たまには違うこともやってみたい。と思うに違いない。それが本心ではないか。</p>
<p>仕事なら、それもある程度は忍耐でやり続けられることでも、お金を出してサービスを受ける立場となるとその心境は一転。「そろそろ変えて欲しい。」と苦情を言う者。つまらないと離れて行ってしまう者。様々。この現象を人は「飽きる」と言っている。</p>
<p>例えば、ファストフードやコンビニのメニューで、お客が慣れたと思った瞬間違う商品に変わっていることはよくある。季節商品、原料価格の変動による、バイトの意識啓発、様々な理由はあろうが一番の理由は、<strong>お客を飽きさせないため</strong>である。</p>
<p>「慣れたは、飽きたと紙一重」（成田は秋田と紙一重 ♪ by 村シェフ）。最初の刺激に慣れて快適にサービスを受け続けてくれている間はよいだろうが、そのうちに訪れるのが「飽き」。つまり、お客に利用してもらい続けるためには、飽きる前に、<strong>常に新しい提案、常に改善、常に変革</strong>をしていかないといけないことになる。それによって顧客に良いストレスを与え、店の満足度アップに繋がっていく。</p>
<h3>変化はブランディングと矛盾しないか？</h3>
<p>ところで、「ずっと変わらぬ美味しさ」という言葉を耳にしてあなたの脳裏に浮かんだものは、いずれも老舗の商品や、大きな企業のブランド商品のはずだ。中にはおふくろの味という人もいるかもしれない。<strong>変わらない事が価値観</strong>としてみれば、これまでの事例と矛盾していることになる。これはいかなることか？</p>
<p>私はこう思う。何れ老舗の商品であっても、店が望まない原料の物流の変化、使用基準の変更もあろう。また当然の事ながら、人間の嗜好も変化する。デザインのトレンドしかり。こうして一見変わっているように思えない商品でも、意外とモデルチェンジはなされているのだ。コカコーラの甘味料、かっぱえびせんのラインナップ、ミッキーマウスの姿形だってそうだ。</p>
<p>ブランドのそれは主力商品でもあり、売れるこそ、売り続けたいからこその小さな変革を繰り返してきたに違いない。その消費者が感じる”小ささ”とは人間が主観的に決めた尺度だろうが、大きなブランドであればあるほど、それを行う勇気、決断は大きなリスクを背負ったものだったろう。そこにあるのはたぬまぬ研究努力が存在し、商品に込める思い、愛社スピリッツというものになろうか。</p>
<p>商品やサービスから客足が遠のくタイミングを、事前に的確に察知出来る企業があるとしたら、またそれを完璧にフォローすることを理想、としたら、企業のやるべき事は明白だ。販売データを始めとした、きめ細かな顧客のデータ収取、店員やモニターによるフィードバック、クレーム対応からも吸い上げる事ができるだろう。しかし、その最終判断はたった一人の経営トップによってなされるわけだから、その裏舞台を覗き見たいという一般消費者の好奇心は尽きないのだ。実話本やテレビのドキュメンタリーに釘付けになることも多々ある。そしてそのリーダーは伝説にもなりえる。</p>
<p>業務改革。全てが受け入れられるものばかりではないはず。その判断によって一気に失速してしまったブランドもあるだろうし、息を吹き返し再びビッグヒットとなったものもあるかもしれない。そこで勝ち得るものはブランドの信頼とストアロイヤルティなるものである。</p>
<h3>信頼を得る法則</h3>
<p>商品のブランド作り。ショップの信頼維持。これらには、「顧客を飽きさせないための変革」を共通して感じ取る事ができる。この「商品」や「店」といったものを、「人間」に置き変えてみたらどうなるだろう？</p>
<p>おぎゃぁ。と産まれて立ち上がり、言葉をしゃべり、学校に入る。このような変化は外見的にも内面的にも小さな変化であるはずがない。人間とは優柔不断で、回りの人に左右されるし、マスコミにも影響される。なんて信頼のおけない動物ではないか？大人になってもいろんな意味で成長し続けるものだ。もっと大げさに言えば、脳みそがあり知能が存在する限り、人は日々刻々と変化して、死ぬまでこの変化は停まる事がない。ブランドにしてもそんな人間の基準で評価し、創り上げていったものではないか。</p>
<p>そろそろ論理を集結する。<strong>人間が成長と変化をするのは、それを知能が本能で求めているから</strong>と、仮説を立てる。そしてその人間の欲求により、過去にどんなに支持していたものであっても、何がしかの改新が感じられないものは不満を抱くようになるのもである。そして求められるものは、変化、改革、成長なのである。</p>
<p>よって、変わらないものは飽きられる。人の変化と共に成長していくものは信頼を得る。ということになる。 付け加えると、「小さい大きい」のような主観的な表現は正しくない。あくまで人や時代の成長にあわせた変化でなくてはならない。と考える。</p>]]></description>
         <link>http://neo-cam.net/human/archives/2011/02/14-210019.php</link>
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                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">things</category>
        
        
         <pubDate>Mon, 14 Feb 2011 21:00:19 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>それをやれるのは誰だ</title>
         <description><![CDATA[<p>◯◯がいけない。◯◯だったから。という言葉が出てくると、その場が一気にネガティブになる。</p>
<h3>右肩下がり症候群</h3>
<p>人口が減少しているのに生産やサービスが増えれば過剰供給となる。市場がオーバーフロー状態なら物の値段が下がるのはあたりまえ。そこに企業同志の価格競争が追い打ちをかければ、恒常的なデフレと共に小規模事業者が太刀打ち出来ない状況に追い込まれていく。</p>
<p>ユーザー（利用者、消費者）は、同じ商品なら安いほうを選ぶ。そのしわ寄せがいった人たちの言葉を耳にする。</p>
<ul>
<li>なるべくなら市内のお店でお買い物をしようよ。</li>
<li>ハンバーガーを100円、牛丼を300円で売られちゃかなわないよ。</li>
<li>こんな値段で売ったんじゃ採算とれないよ。</li>
</ul>
<p>数年来変わらないが、ややもすると「選ぶ消費者がいるから・・」「企業努力が足りない店がいけない・・」となる。</p>
<p>買っていただけるだけでありがたい。少しでも喜んでもらえれば。高くしてはお客さんに申し訳ない。と見上げたかたもたくさんいて頭が下がるが、果たしてこれでいいのだろうか？</p>
<p>ある人は、あの店がうちの近くに出来なかったら。とか、価値が解らないお客が悪い。人通りが少なくて商売がうまくいかないのは●●のせいだ。とも言う。これをどう思うか？</p>
<p>私はいずれも間違いでは無いと思う。生業としている自分の商品が売れて欲しいと望むのは当然。しかしこの二者は、捉え方が違うだけで、現状に問題を抱えているとしたら、決して良い方向に向かっているようには思えない。</p>
<h3>ほんとうにやれる人</h3>
<p>例えばあなた自身、誰からも求められない人になってしまったとしたらどうだろうか？ きっとあなたは、自分自身を振り返らざるを得ない。なぜなら、自分を一番理解してコントロールできるのは自分をおいていないのだ。</p>
<p>モラルにしても、その文化にしても、価値観にしても。私は世の中を変えていく力を持っているのは、専門家（業界の人間）だと思っている。またそうでなくてはいけない。</p>
<p>個人がたやすく繋がってムーブメントが起こる時代とはいえ、トレンドの先頭を切り開いていくのは大小の企業やそれを取り巻く業界だと思うのだ。マスメリットもあるだろうし、購買によって伝わっていくものの強さといったものか。</p>
<p>それで食っている専門家は、常にクオリティを高く保ち、変革していく役割を担っている。それは、同業者同志で生き残りの戦いをすることや、暴利をむさぼることが本来目的ではなく、その分野のリーダーとして前述の影響力をもって社会に提案するためだと思うのだ。</p>
<p>ちっぽけな料理家の私であるが、未だに仕事で料理を作りながら「こんな美味しい物、今まで口にしたことあっただろうか！？」といって驚くのだ。これはプロの現場の環境ならではのこと。そしてそれが様々な要素と絡みあって伝えるべきものであると思えば、それをどうしたらいいか？と必死に考える。本来の価値の伝承というものだ。</p>
<p>今は素人でも、デザインだけ真似て自己満足に浸りながら、自分のための商売をやっている人が沢山いる。それが文化だと勘違いしている。経験不足な消費者はその真価に気づけていない。薄っぺらい要素が蔓延している。多様化の悪弊。では、それを誰が解決できるのか？</p>
<p>問題意識を持てるのも、クオリティを高く保てるのも、業界の人間であるからこそ可能なことがたくさんある。利用者（消費者）のモラルや、市場のムードに委ねる。それは戦略として有りだろうが、それとは別の位置づけでプロが先頭を立ってその価値を正しく伝え、未来に求められる提案していくこと。これにより、業界が成長し社会に貢献することが大切なのだ。ほんとうにやれるのは、ど真ん中の人間なのだ。</p>]]></description>
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         <pubDate>Mon, 07 Feb 2011 22:05:13 +0900</pubDate>
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   </channel>
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