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   <title>ひとコーナー：ねおかん のおもしろそうな出来事。:ねおかんぱーにゅ南部</title>
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   <title>Google アドワーズに感謝。Google 翻訳に感激！</title>
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   <published>2009-12-04T11:03:45Z</published>
   <updated>2009-12-04T11:11:25Z</updated>
   
   <summary>GoogleのAdWords広告の5,000円クーポンをいただいたのを期に、ねお...</summary>
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      <name>よーくん</name>
      
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         <category term="things" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://neo-cam.net/human/">
      <![CDATA[GoogleのAdWords広告の5,000円クーポンをいただいたのを期に、ねおかん自慢の「<a href="http://ieaji.neo-cam.net/">わがやの味</a>」をAdWords広告に載せたところ、なんとスゴイアクセス数になっています。

「わがやの味」は、新潟県妙高市の郷土料理レシピを「わがやの味プロジェクト」が詳しく調べてwebで公開しているんです！
いい気になって、もう一つGoogleの機能を試してみました。
「翻訳ツール」
わがやの味も「イタリア語、ドイツ語、ロシア語、中国語、英語、フランス語、韓国語」となりました！

まさかぁ、と思って試してみたらいとも簡単にできてしまいました。
どこまで通用するのか解りませんが・・。

フランス語の「<a href="http://ieaji.neo-cam.net/archives/2008/09/07-162959.php">きゅうりの肉詰め・きゅうりの肉巻き</a>」は、なんともおしゃれ。
「Farcies chair de concombre concombre plaie」ですって。

<a href="http://neo-cam.net/ieaji/archives/2008/02/01-123453.php">笹寿司</a>や、<a href="http://ieaji.neo-cam.net/archives/2009/03/12-094754.php">こんにゃく</a>もおすすめです。

<img alt="pict1.png" src="http://ieaji.neo-cam.net/images/pict1.png" width="815" height="709" />
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   <title>食育活動..最近の村越洋一</title>
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   <published>2009-10-27T09:16:19Z</published>
   <updated>2009-10-27T09:42:30Z</updated>
   
   <summary>食というのはすご〜く奧が深くて、言葉ではなかなかうまく伝えられません。 10月2...</summary>
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      <name>よーくん</name>
      
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      <![CDATA[食というのはすご〜く奧が深くて、言葉ではなかなかうまく伝えられません。

<h3>10月26日の上越タイムス、リレートーク（「NPOPRESS」くびき野NPOサポートセンター担当）にコラムを書きました。</h3>
<a href="http://neo-cam.net/human/images/091026npopress.php" onclick="window.open('http://neo-cam.net/human/images/091026npopress.php','popup','width=1000,height=751,scrollbars=no,resizable=no,toolbar=no,directories=no,location=no,menubar=no,status=no,left=0,top=0'); return false"><img src="http://neo-cam.net/human/images/091026npopress-thumb.png" width="500" height="375" alt="" /></a>

「規格について考えてみませんか」
トマトというとどんな料理を思い浮かべますか？
野菜の定番トマトは、生食以外にもスープやソースにと、西洋料理にはなくてはならない食材です。トマトケチャップもそうですが、加工したトマトを普段から親しんでいる割に、市場で買ってきて加熱して食べることはあまりしないようです。
旬のトマトのオーブン焼きや、煮詰めてソースにする料理を紹介すると、肉や魚との相性、味の変化に大抵のみなさんは驚かれます。調理用のトマトは別の物と決めつけてしまってはもったいないですね。

キズがあったり形の悪いトマトが手に入るなら加工にもってこい。捨てるほど過剰に実れば、スチームトマトを作って保存すると無駄になりません。
熟さなかった青いトマトはピクルスにして置くとえぐみもとれて料理のアクセントに。テーブルで話題ができて喜んでもらえます。生産者が仲間にいると、こんなおいしいリデュース情報ばかり舞い込んできます。

ここ数年で「荏胡麻」「マコモ」「米粉」などの開発に携わりました。味覚は保守的です。奇抜な調理法や取り合わせは、目先は変わっていても結局はあまり喜ばれなかったりします。ところが、新しい野菜や記憶にない昔の食材を前にすると、ついついファイトが沸いてきてしまうんですね。
そうこうするうち、山菜や山の果実、野禽、池のエビや貝といった野生の動植物はほんとうにおもしろい奴だと気づき始めました。えぐかったり、頑固だったり、匂いがきつかったり・・。これは人間にとって重要なトレーニングだと。

作りやすく、食べやすく。と規格にはめてふるいを通ったものというのは、人気も高く効率の良いものだけど、それしか知らないのでは寂しいし、それに慣れすぎてしまっては人間の感性も衰えていくのではないかと思いますがいかがでしょう？

私はこんな事を考えながら、新井の南部地域で仲間と楽しく活動しています。間違いなく新井南部の自然環境のお陰です。個性豊かな人と自然、よそ見をしている暇などないほど地元はとてつもなくおもしろいです。

<h3>9月に当市で行われた食育体験教室で指導</h3>
<a href="http://housefoods.jp/company/shokuiku/report09/day_02.html"><img alt="0909house_curry.png" src="http://neo-cam.net/human/images/0909house_curry.png" width="386" height="421" /></a>
→<a href="http://housefoods.jp/company/shokuiku/report09/day_02.html">お米のひみつ体験キャンプin妙高レポート</a>]]>
      
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   <title>使うための、本棚整理理論</title>
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   <published>2009-03-27T00:47:28Z</published>
   <updated>2009-03-27T01:07:06Z</updated>
   
   <summary>先日、たった一冊の本を捨てただけでもの凄い気持ちが楽になりました。 それなのに、...</summary>
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      先日、たった一冊の本を捨てただけでもの凄い気持ちが楽になりました。
それなのに、日々増え続ける本・・。

モノを捨てられない、コレクター気質の私の発想は「これはきっと○○に役立ちそう！」。
”いつか役に立つといいつつ、役に立った試しがない”というよくある話は間違いで、ちゃんと整理しておければ役に立つんです。

「あの人は引き出しがいっぱいあるねぇ」と、いろんな事を知っている人をいいますが、現実の引き出しがいっぱいあってよかったと思うことは殆どありません。
不透明で中が見えないような引き出しはさらに。

引き出しはしまい込むにはいいけれど、使う時には不便です。要するにアクセスが悪い。
ただし、薄い引き出しに並べるように置いてある引き出しだけは、唯一使い勝手がいいと思います。
整然と並んでいる引き出しには、私の場合（10段×3列）、アイコン風にイラストを描いてついでに、「書く」「むすぶ、とめる、さす」「貼る、シール」「コンピュータ」「使用済み封筒」などと書いておきます。頻繁に使う引き出しは引き出し毎一番近くに移動します。

引き出しと対象に本棚ほどいいものはないと思います。本棚は本の後ろに本が隠れることはなく、タイトルが一望できて、どの場所にどんなものを置いてあるか感覚で解る。同一テーマを置く幅も伸縮自由です。
本棚には、本以外にも、A4プラケースに収めれば、バラの書類も、小物も置けるし、それほど頻繁に出し入れしないものならファイルケースに入れてタイトルをつけて置けば汚れないし見た目もスッキリしている。
並べ方のコツは決して本の大きさにとらわれない。
出版社や、”全○巻”のようなシリーズにとらわれない。用途（○○に関する）で分類すべき。特に農文教はまとめて並べたらこれほど力を発揮しない文献は無いと思います。
○○出版社の家庭の知恵シリーズ、１．DIY　２．ベランダ菜園　３．お弁当　４．冠婚葬祭　を、一緒にしておいたらいいことありません。
本の大きさ、形状に合わせて並べると、辞書コーナー、図鑑コーナー、月刊誌コーナーになってしまい、イマジネーションの湧きにくい整理になります。

管理も大事。
モノは基本的に増えていくものです。いらないものは即決手放すべきですが、そもそもいらないものは買わない（手に入れない）ことです。
出した本は必ず同じ場所に返す事。整理はできれば頻繁にする。

本棚の本は自分で勝手に配列を崩す事はありません。膨大な数であってもこの本の隣にこの本を置いておく。私の場合は位置関係がものすごく重要です。

整理は本ばかりでなく、コンピュータのフォルダの整理、階層、文書の分類方法、それぞれのネーミング、ショートカットの作り方と共通します。（これはGoogleドキュメントで鍛えられます）
特に、フォルダ（書類）を開けてみないと内容が解らないネーミング（タイトル）は意味がありません。
コンピュータの情報は捨てるのは簡単ですが、いかにアクセスしやすくしておくかが大事です。
整理とは、勝手にキレイになってくれていることより、置いたものがそのままになってくれていることのほうがある意味大事。なので、ファイルの視覚的な位置関係を微妙に保ってくれるマッキントッシュは好きです。
どんなに目の前が整然としていても、データをラベルやスレッド、強力な検索やリレーショナルで整理され、いつでもどこでもアクセスできるGmailはしばらく手放せません。

web制作にしても、いろいろな開発現場で似たようなアプローチが可能です。本棚整理理論はおすすめ。
      
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   <title>「プロ」と今年の研修より</title>
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   <published>2009-03-15T04:02:28Z</published>
   <updated>2009-03-15T04:05:49Z</updated>
   
   <summary>「プロフェッショナル」の意味を、wikipedia.orgなどから抜粋 １．専門...</summary>
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      <name>よーくん</name>
      
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      <![CDATA[「プロフェッショナル」の意味を、wikipedia.orgなどから抜粋

１．専門家。
２．趣味としている人であるアマチュアに対する語。プロとアマチュアの境界は、ジャンルによって異なる。
３．そのことに対して厳しい姿勢で臨み、かつ、第3者がそれを認める行為を実行している人。
４．ギャンブルなどで生計を立てられるほどの収益を上げている人。

プロ（プロフェッショナル）というのは、いろんな場面やそれぞれの考えが含まれた言葉だと思うので一概には言えないし、時代の流れによって変化していくものだと思います。
ならば、持論もあっていいだろうし、”プロ考”を展開してもおしかりを受ける事もないでしょう。

<h4>アマチュア、プロフェッショナル、言葉のニュアンス</h4>

この10年くらい？、プロという言葉が以前より意味深く使われ出してきたような気がします。（↑上の３．）
それまでは、アマチュアミュージシャン、アマチュア作家のように、あくまでお金を貰わず、趣味のカンバンを掲げてその事に従事していた”素人”と対比して使っていたプロという言葉。
趣味なのにちょっとお小遣いが稼げるようになると、セミプロとか呼んだものでした。
しかし、セミプロはセミプロ。プロ（プロフェッショナル）ではなかった。
そこでセミプロもアマチュアの領域とすれば、プロの垣根は非常に高いもののように思え、アマにとっての憧れの存在であったように思います。

プロという立場を確立し、取り上げだしたマスコミの影響もあるのかもしれません。
それまでは、名工、熟練者的な、高度な技巧技術（テクニック）を持ち得る人や伝統工芸や伝承芸能の名人、達人が世間一般に注目されて来たように思いますが、今ではそれらに当てはまりにくい、接客やサービス〜経営、マネージメントにいたるまでプロフェッショナルというものが認められています。
より資本主義的になったと言えるのかもしれませんが、世間の価値観も変わってきているのだと思います。このような現象から考えてみても、「専門家」と「プロフェッショナル」、細かくは「プロ」という言葉のニュアンスもそれぞれが違う意味を持って使われはじめているような気がします。


<h4>プロの自覚</h4>

アマチュアという言葉を素人という言葉で言い換えると、素人漫才、素人料理人のように、単に「ヘタクソ」「未熟者」を差していることもあります。これは、お金をもらっている専門家に対して言う悪口であったりします。（中には自分で言う人もいますが）
とするとプロというのは、ヘタクソではいけなそうです。
しかしながら思い出すのは、私が30年前、高卒で入社した職場で「あなたがたは今日からプロとしてやっていきます」などと言われ、内心”いきなりプロかよぉ・・”と思ったかどうかは忘れてしまいましたが、衝撃的だったのに加え、初めてそのことを意識した瞬間でした。ただし、その訓辞は非常に解りやすく、的確だったと感じています。

私は人の言うことを真に受けいれてしまう所があって、特に先生や先輩が”こうだ！”ということは、まさにそれに従うように生きて来たように思います。
「芸術家は食っていけないぞ」「精錬潔癖であれ」「料理人はなんでも出来ないとだめなんだぞ」。もちろんそこには沢山の失敗も伴っての事でした。
それはさておき、「今日からプロだ」と言われた私はものすごい焦りを感じ、線を引いたように（全てをなげうって？）料理の勉強に取り組んだのを忘れられません。

（<a href="http://neo-cam.net/human/archives/2007/04/24-191230.php">2007.04「プロを自覚できるか」</a>）


<h4>研修にて</h4>

いきなり”プロ話”をしたのは理由があります。毎年恒例の研修について少しご報告します。

私は毎年、年度の終了時に次年度のスタンバイのために、テーマを決めて研修旅行をします。旅行でなくても。と思うのですが、やはり地元を離れないとダメなところがあって、そうしています。
今回のテーマの一つに「雑貨屋めぐり」というのがありました。
大昔の雑貨屋は、洗剤やほうき、饅頭やはながみまで売っている、いわばコンビニのようなものでしたよね（余談）。

雑貨屋というのは、ちょっと都会の裏通りや若い人が沢山集まるような所で、細々といろんなものが置いてあって、それぞれの店がカラーを持っていたりしますが、最近頓に都会化？した我が町周辺都市にも出現の兆しを感じているものです。私はこの雑貨屋が大嫌い（この話をし出すと長くなるので打ち切り）。

話がさらにそれますが、私が小学生の頃していた遊びといったら、粘土遊びに木を削ったり、紙を切ったり、マンガを書いたり、押し花、刺繍に編み物・・一人遊び大好き。ＮＨＫの主婦の趣味番組と、のっぽさんの「できるかな」にかじりついて見ていた記憶があります。だいたい今と一緒です。
そんな私ですので、出来上がったものの執着よりも作る事が、こたえられなく好きなんですが、最近ちょっとした変化があって、何となく飾りたくなってきたんですね。きっと年をとったせいでみんなと共有したくなったのかなと漠然と結論づけていますが。

折しも、カルチャーブーム、おうち○○ブームで、そんな関係の人達が元気なのにつられて、なんとは無しに居心地のよさなど感じながら”なんちゃって系”を楽しんでいた私でありました。
そうこうしているうち、ふと気づいてみると、私のプロ魂の有り場所というか立脚点までもふわふわとして居ることに気づいたんです。
ただそれは凄くラッキーな事で、大抵人間は凝りをほぐすのに苦労するのに、その逆になっていたのはまさにここ、ねおかんのおかげと、感謝。

いわゆる雑貨屋。この手のお店を私が勝手に二つに分けます。
「Ａ．大型展開していて全国に何店舗もあるような、物販業の店」
「Ｂ．20〜30代のオーナーが自分のセンスで開業している、フリマの延長のような店」
A.タイプ予備軍というB.タイプもあります。純粋B.タイプもあります。

やはりお店というからには、人が集まるところから広がっていく習性もあるし、インターネットを業にしている私としても、バーチャルで無い体験は日ごと価値が高まっていますので、これは今回のテーマとしてまさにふさわしい。
実際の店名は出すつもりはありません。規模の大小、名前やキャリアの有る無し、取り扱い品や形態にこだわらず時間と軟弱な足の許す限り見て回りました。やきものの店も含まれています。ネットや雑誌で調べた情報と都内在住の恩人の情報を頼りに。

でここより、「雑貨屋めぐり」とプロの話になります。

<h4>プロは○○して初めてプロと言える</h4>

人には、やりたいこととやれないこと、出来ることと出来ないことがあります。それは、身体的科学的理由以外は、お金（時間）と想いによって決まってくるような気がします。
私はお金は自由にならない変わりに、時間が自由になる生き方を選びました。やりたいと思ったことは自分に嘘をつかず、やれない理由を解決するように一生懸命考えるようにしました。そうしてみて解ったのは、こんな生き方をしているのは、自分ばかりでなく大勢の人がやっていたのだということです。知らなかっただけでした。

そうこうしているうちに決定的になったのは、やはりお金は大事だ。ということです。
私は「お金がないと生活できない」なんて言われることには素直になれなかったのですが、「お金がないとやりたいことができない」ということはものすごく時間がかかって解りました。
一生懸命人生をおくるには、やりたいことに直面するし、それをやるにはお金を稼ぐための仕事があり、一人前に稼ぐには、人に認められた仕事が出来ないといけない。ということです。仕事をやっていたらお金が入ってくるのと、お金を稼ぐための仕事の違い。後者がプロの仕事と言えるのではないでしょうか。
結論を言うと、プロは稼いで初めてプロと言えるのです。言い方を変えれば稼げないプロはプロではない。

今回の研修の恩人Ｋさんから、メールを頂きました。

　「プロってなんでしょうね。
　趣味、道楽でお店をやっている人は、それはそれでいいと思ったりもしますが。
　自分のスタイルをつらぬいて、わかる人だけわかってくれればいい、とお客さんを選ぶ店も多いではないですか。
　もうそれは、商売とは違うのかもしれませんが。自分の世界を披露する場をもつことが目的ということで。
　自己満足との境目は、なんでしょう。
　・・」

Ｋさんは、昔からの友達で生き方も人も素敵なかたです。こうも書いてありました。

　「・・少なくともお客さんとまともに話すというか、向き合う姿勢がなくなると、
　店主もその店も成長しないというか、代わり映えしないというか。・・」

気になった雑貨店でも、前触れもない閉店や、突然海外に旅に出て閉店してしまうところも少なくないとのこと。
お客の寂しい心情、オーナーと共に変化するお店の事にもふれ、何十年続く老舗がある意味すごいという内容でした。

さて、最近は簡単に起業して、やりたいがままにやって見事に消えてしまう店も少なくないと思います。個の想いを容易く発表できる世相であるとも言えるのかもしれません。
続けば人（や社会）から認められたという事とは違うと思いますが、一理あります。しかしそのために、血のにじむような努力を重ね、維持に務める人もいます。

私は、プロの仕事というのは、常に責任がつきまとうと思うんですね。
「プロは稼げないといけない。それには人に認められた仕事が出来ないといけない」と書きました。
人が認めるというのはなんでしょう。自分には決して出来ないと敬うことか、感動するほど素晴らしい仕事を讃えることなのか・・、それは惰性であったり、イメージで判断していることのほうが多いかもしれませんが。

そして、認めるということは心の中で「スゴイ」と言うのでも、口に出して「スゴイ」ということでも無いと私は思います。認める事の証はお金を払うか払わないかでしょう。一流であればあるほど沢山のお金が動くはずです。
さらに、一流であるということはどういう事かというと、それによって勇気が出たり、優しくなれたり、子孫の事を思う事ができたり、そんな影響力を持つ事だと思いますね。
世に一流と言われる企業の行いは、一瞬にして世の中を変える影響力を持っていると思います。怖い事ですが、その責任たるや私の想像に及びません。それだけでもプロフェッショナルたる所以だろうと思っています。

私自身の仕事の種類とすれば、製造も販売もする自営業。自分の能力を越える事はできませんが、スキルアップしながら進化していくしかありません。それは、どんな仕事であっても関係ありません。そして、感動を与えられるプロフェッショナルであれるなら。それが目標です。
冒頭でwikipediaの解説を引用しましたが、私がwikipediaに書き添えるとしたら、以下のような一文を加筆するでしょう。

『プロフェッショナルとは、業界や社会に対して自ら責任ある行動のとれる人。』

そんな、人に感動した今回の研修でした。
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   <title>祈。メール新？マナー</title>
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   <published>2009-02-26T09:53:31Z</published>
   <updated>2009-02-26T09:56:49Z</updated>
   
   <summary>「電子メールの書き方」なんていう教則本はあるんでしょうか？ 昔からメールをやって...</summary>
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      <name>よーくん</name>
      
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      「電子メールの書き方」なんていう教則本はあるんでしょうか？
昔からメールをやっている人には必要無いのでしょうが、インターネット初心者が初めてメールを出す時は（もう忘れてしまいましたが）きっとドキドキですね。

メールでやってはいけない事として、
●メールマガジンなどで複数の人に一斉通知をするときには、メールアドレスをBCC（ブラインド・カーボン・コピー）…送り先の人に、一緒に送った他の人のアドレスが知られないように送信する。

これは、個人情報を守るためやセキュリティー上大事なマナーです。

その他にも、自分勝手なメールは困ります。例えば
●メールの内容に関わらず長文なメール。他人の誹謗中傷、悪口を書き連ねたメール。広告主体のメール。

それを望んで受信している場合は例外ですが、これらは読む人の迷惑を顧みず送信者の自己中心的なメールということになりそうです。
私には「長文ですみません。」などと付け加えてくれるだけで十分ですが・・。

次に、気をつかって欲しい事として、
●件名に、「連絡です」「○○さんへ」など、内容が想像できないタイトルをつける。

その理由として、１．件名で重要度が判断できない。２．用件を検索しずらい、など管理しにくくなる。がありますが、このようなメールを出すかたに限っていつも同じタイトルで、さらに混乱します。無題で送ってこられるよりはましなんですが。

以上は、私の個人的な思い、という訳ではなく、一般に言われている常識に近いものだろうと思います。
ここからは、私の個人的な思い。

最近、ものすごく困っているのは、返信で件名を変えて、新しくメールを書いてくださるかたです。
も〜、泣きです。辛いです。
これは私の勝手な事情だから文句は言えません。が・・っ、やめてくださぁ〜〜い。
それで仕事をしている方だったら、本当に慎んでくださ〜い。
      
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   <title>健康とは（続き）</title>
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   <published>2009-02-18T13:14:08Z</published>
   <updated>2009-02-18T13:24:00Z</updated>
   
   <summary>（→健康とは） かくして・・美味しいと嬉しい訳ですが、嬉しさのあまり幸せを実感す...</summary>
   <author>
      <name>よーくん</name>
      
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      <![CDATA[（→<a href="http://neo-cam.net/human/archives/2009/02/08-142858.php">健康とは</a>）
かくして・・美味しいと嬉しい訳ですが、嬉しさのあまり幸せを実感する瞬間ってありませんか？
それは、きっと嬉しさを飛び越しちゃって、何かに感謝をしたくなる時です。

「あ〜こんなに美味しいもの食べられて、健康なおかげだわ」「こんな美味しいお米。お百姓さんありがとう」「ずっと健康で美味しい物食べていたいわね。家族平和でありがとう」
偽善的に感じるかもしれませんが、これは体験者の自然な声。感謝はすなわち＝愛情だと思います。
ところがいくら美味しくても、どんなにものすごく美味しいと感じても幸せにいきつかない時もありますね。

ねおかん（ねおかんぱーにゅ南部）で最初に作った名刺のキャッチフレーズは「育てよう マイスローライフ。」でした。
知らない方が多いのですが、ねおかんは、なんぶルネサンスという団体が運営しています。なんぶはそのまま新井南部を差し、ルネサンスは、いわゆる○○ルネッサンス（ルネサンス Renaissance という語は「再生」｛re- 再び + naissance 誕生｝を意味するフランス語…ネット調べ）です。文芸復興とも訳されるようですが、地域の魅力（文化的価値）を再発見しようといった意味合いでした。

マイスローライフとは、生活すること生きることは急いで結論を出して進まないほうが良い。と実感した思いからです。
”マイ”というのは、それぞれの価値観は別だから、自分のペースで考えていこうよ。という感じです。
なんぶルネサンスのキャッチフレーズは「遊び、学び、夢創造」。先日、お花の内記先生のお誘いで、上越市で香道を体験させていただく機会があり、師曰く「香は難しいもの。解ろうなんて考えないこと、心を遊ばせ今の自分を育てること・・」。遊びというのはどの道にも共通の言葉だと思いました。

なんにでもキャッチフレーズや名前をつけるのは私の習慣です。
「名は態を表す」と言いますが、名前も付けられないようなプランはコンセプトが歪んでいる。と、料理を作る時などに思います。言葉に出さなくても、「○○の□□風」というふうに名前を付けています。職業病ですが一理あるでしょう。

「育てよう マイスローライフ。」のねおかんのキャッチフレーズも、最近はもう少し直球で「たのしい、うれしい、おもしろい」に変わったのですが価値観はそのままです。スロー＝ゆっくりというよりは、”世間、一般、大量、の時間軸に拘束されない”「そのものの個性」を尊重するのだと言いたいのです。

突然ですが、ファストフード（Fast Food Service）。
早い美味い安いの三拍子。とか昔は言いましたが、ファストは文字通り「早い」。最近は待つのもあるからどうなのかな？と思いますが、クイックサービスという感覚でしょうか。
スローは自分や生き物、それぞれに備わっている時間軸としたら、ファストフードは間違いなく最大公約数（大量）の都合に合わせた時間軸です。「早い方が時間が有効に使える。高いより安い方が財布に優しい」。早ければ早いほどコストも下がります。

業界トップのマクドナルドは味、低価格、顧客管理、衛生・製品管理、環境問題、雇用、社会貢献、フードマイレージ、地産地消・・。社会が問題にすること、望まれていることを真っ先に取り組んでいるのは、脱帽です。実際はどうなのかはよく解りません。

さて、ようやく本題ですが、果たしてこのファストフードで、あなたは料理に感謝したことがありますか？
「よくもここまでコストを落としたな」とか「どう戦えばこうやって生き残れるのか」「この笑顔は普段のあなたのどこに？」みたいな気持ちになってしまうのは私だけでしょうか。はたまたちょっとポテトがしょっぱいだけで「今日はアンラッキーだ」みたいな。いや、だからこそ私は脱帽はしたままです。自分が料理を作るなら食べ物の美味しさを伝え、その食材や生産者に愛を感じてもらえたら嬉しい。と思いながら作れる立場でいたいと思うからです。
そういう観点からすると、ねおかんすなわち私の価値観は、最大公約数を重んじる業界の中ではきっとやっていけないだろうと思います。
食材は生き物ですから、その都合をかえりみてはいられない生産体制において、そもそもが食べ物への感謝は生まれて来るはずがない。そう感じるからです。
コンビニのお弁当。「食べるあなたがいるから、食べずに捨てられる命がある。」

なんだか、大量重視を卑下しているように感じたとしたら決してそうではありません。
それによって、自由な時間も増えたと思うし、いろんな物が安く手に入るようになりましたから、私にとってもいいことばかりなのかもしれないのです。だからよく考えてみたい。
と付け加えます。

本当の”美味しい”とは、自分の体となる食べ物にどれだけ愛情を感じ、嬉しくなったかどうか、ということなんじゃないか？そんな食べ物から出来る体は健康であるに違いない。
・・幸せを感じる美味しさとはそういうことだと思います。]]>
      
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   <title>健康とは</title>
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   <published>2009-02-08T05:28:58Z</published>
   <updated>2009-02-08T08:24:39Z</updated>
   
   <summary>健康は体から。 「健康食品」は何でしょう。特定保健用食品（特定保健用食品＝身体の...</summary>
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      <name>よーくん</name>
      
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      健康は体から。
「健康食品」は何でしょう。特定保健用食品（特定保健用食品＝身体の生理学的機能等に影響を与える保健機能成分を含んでおり、血圧、血中のコレステロール、お腹の調子などが気になる方が、健康の維持増進や特定の保健の用途のために利用する食品です。..ネット調べ）というのがあります。ヘルシア緑茶やサントリーの黒烏龍茶など、私も好んで飲みます。理屈は解りませんが、飲むと体調が良く感じることが多いからです（今のところは）。
お通じが良かったり、体が軽くなった気がして生活しやすくなります。それだけで気分もスッキリするし仕事もはかどります。
腰や足が痛くなかったりすれば、登山でもサイクリングでも健康体操でも、体によさそうなお誘いはみんなお受けしたいのはやまやま。グリーンシーズンは相棒のビーバーがそのかわりとなってくれています。
スポーツらしいスポーツもしない生活がずっと続いていて、必ずしも本意ではないということを言いたかったのですが・・。

特保を摂取したり、お昼の番組で”体にいいよ”と言われたものを食べれば、それが健康なのかというとそうではない事は誰でも解っています。減農薬や有機栽培、安心安全と言われる食べ物を食べれば、それは体にとって害も少なく、食品に含まれる栄養素がよい影響をもたらすことも、だいたい正しいと思います。医者に止められても、甘い物が好きだから、酒はやめられなくてと、あえて欲の思うままに食べてしまっても・・後悔よりもその時の満足を優先する人の気持ちはよ〜く解ります。

”美味しい”とは何でしょうか？
私は料理を作りますので、ラーメンが、シュークリームが、カツ丼がどうやってできるか知っています。正確にはある程度知っていますかもしれません。でも、どんな動植物がどう加工されて、どう調理されて、またどうやると食べる人が美味いと言ってくれるかも知っています。
そこで、いろんな人がいますが、必ずしも美味しいと言ってくれる基準がそれぞれ違うために・・、かといってより多くの人が美味しいと言ってもらうための料理を作る事をしながら、私が「こうしたプロセスの料理を美味しいと思う事がきっと大事だよ。」と思って貰うように仕事をすることのために、少なくともお金を貰いながら努力したり苦労に思ったりすることがとても煩わしく思うようになってきました。なぜなら、いろんな人、いろんな価値観があって、大多数の価値観が必ずしも正しくはないし、正しい価値観なんて決めつけられないものを、多数派に求めることも無意味だと気づき始めたからです。

私は料理は美味しい事が一番だと思っています。安全であることはそれ以前の問題です。これは、もう20年以上も前から（約30年）思い続けてきたことです。変化したのは、何を美味しいと言うか。ということかもしれませんが。
体に良い物（健康に良い物？）は、確かに美味しいと思っていました。マスコミで取りあげられる度に、それみたか。と言いたくなる気持ちをぐっと抑えて・・。特保マークや、科学データになるべくなら惑わされず、口や目や香りで見分けることができるようになればもっといいですね。
私の場合は、一日に食べる回数やダイエット的な、マクロビオテック的ななんだかよく説明ができないミックスされた独自の健康食の法則を持っています。これは個人差があるので言いません。

プロが持つ役割は、きっと社会に与える影響であったり、業界を健全なものにしていく努力は大事な要素だと自覚しています。但し、資本主義の世の中では大量生産やそれと繋がったマスメディアの影響力に振り回されず自分の想いを貫く事は本当に難しいことだと感じています。回りに共感者が少なくなればなるほど、人や時代と逆行しているように見えればなおさらのこと。ある意味結果でしか評価されないから怖さもあります。

”美味しい”と言うことは、嬉しさの表現でもあります。番組名は忘れましたが、渡辺篤史がお宅拝見で素敵な家に足を踏み入れた瞬間「嬉しいですねぇ〜」の決め文句が大好きでした。私の作った料理を食べた人に”嬉しいわねぇ”と言って貰えたときの感動。私も幸せになります。なぜ嬉しいのでしょうか？きっと小学生ではこのセリフは出てこないでしょう。経験が言わせている言葉だからだと思います。
「子供にはもったいない」という事があります。極上のステーキや一流割烹の懐石料理はそう言われるかもしれません。必ずしもそうではないと思いますが、むしろ子供さんにはもっと違う食体験をさせるべきでしょうね。経験を踏むうち、大人は舌や味覚以外のもので食事をしているものです。

健康はその本体である身体が病も無く、それぞれの臓器が正常に作動していることを（医学？的には）差すのだと思うのですが間違いありませんよね。そんな体を作る物は何でしょうか？空気？太陽光線？それぞれも影響するでしょうが、やはり口から入る水や食べ物の占める割合は相当大きいと思います。なので食べ物には気を遣わなくてはいけないのだと解釈しています。「人間は口から入るもので体が作られる」。
よくもまぁ、こんなに好き嫌いや嗜好性、食べているものの違う人間が同じような見た目になるものだと関心します。

「心身共に健康」と言います、その通りです。良い音楽を聴いて美味しい物を食べたって、体を病んでいたら嬉しさは半減。心配ごとやイライラの中で正しい経営判断も出来ないでしょう。ただ、そんなにいつも良い状態でいれるはずも無いので、両者が充実しているときの満足が高くなるのでしょう。
美味しい物を食べるコツがあります。それは経験です。間違いたくないのはカルチャースクールに通う事や、○○体験に参加することではありません。誤解があっては困るのは、体験することそのものではなく、内容やそれによって何を考えたかということです。学べることは喜びです。気づく事は最大の嬉しさに繋がります。

”心が健康”とはなんでしょう。体が健康よりさらに抽象的です。憎しみや怒りで無いことだけは確かです。
それに心と体とバランスはやはりとれています。というか循環しています。「健全な肉体に健全な精神が宿る」。
精神が健全であればきっと体も健康になるでしょう。言うまでもなく、なんだかいろんな法則が世の中にいっぱいありますし。
美味しい物を食べるコツは経験と言いましたが、もっとそれを増幅させる方法もあります。今まで述べたように、《美味しい物＝体の健康にとってよい物　経験＝学びと気づき》だとしたら。だとしたら、私は真っ先に自らの手で食を作ろう！と言います。それは、「農家になれ」でも「料理人になれ」でもありません。昔の農耕狩猟の生活に戻って三世代家族で暮らせ。でもありません。
答えは選択する人の中にあります。
心身は健康に。嬉しければ絶対健康になれます！嬉しいですね。
      
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   <title>1月24日はクルミの会</title>
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   <published>2009-01-16T04:25:44Z</published>
   <updated>2009-01-16T04:27:11Z</updated>
   
   <summary>思い出の味に『クルミご飯』がある。 仕事でお世話になったかたのお母上の十八番。 ...</summary>
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      <name>やっこ</name>
      
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      思い出の味に『クルミご飯』がある。
仕事でお世話になったかたのお母上の十八番。
もともとお料理好きなかたで得意料理は数知れず。
仕事を終え、帰り支度をしはじめると
「これ…食べる？？」
と言っては手づくりの料理を持たせていただいた。

お正月に会った際、いただいた『クルミご飯』は変わらずの美味しさ。
そうそう、あの頃は山のクルミ（鬼クルミ）を知らなかったのだ。

今年はコックさんが猿橋のゆみこさんよりご協力をいただいて
たくさん（ほんとにたくさん！）採ってきました。
また本来なら実を腐らせ洗う作業が大変と言われていますが
ねおかんで活動しているそばクロの会長さんが魔法を使い、きれいにしてくれました。

そしていよいよ実を取り出す作業です。
1月24日（土）10時より行います。（時間は可能なかぎりでかまいません）
やってみたいかた、お手伝いくださるかたいらっしゃいましたら、ご連絡ください。
お昼は各自持参、終了後はみんなでお茶を飲みましょう。

      
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   <title>チーズって凄いんだよ</title>
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   <published>2009-01-16T02:45:23Z</published>
   <updated>2009-01-16T03:10:40Z</updated>
   
   <summary>チーズってホンモノと似せ物（偽物ではなくて）があって、白カビチーズもパッカンの缶...</summary>
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      <![CDATA[チーズってホンモノと似せ物（偽物ではなくて）があって、白カビチーズもパッカンの缶入りは似せ物と言っていいんじゃないかなぁ・・。

木や紙の箱で紙でくるんであるカマンベールやブリーチーズはそれはそれは、それは美味しいですよ。長期保存のできない空輸モノです。
インスタント味噌汁と麹の香りのする自家製味噌の違い。というと解りやすいかも。
それでも「インスタントが好き！」と言う人も、「インスタントで充分」と思うこともあることはありますね。善し悪しではなくて、これは同じ食べ物でも全然違う物、という例えです。

スーパーに売ってる粉チーズには似せ物があります。
「パルメザン」というのは、パルミジャーノレジャーノというイタリアのハード系チーズの一種で、それはナチュラルチーズですが、プロセスチーズと書いてある粉チーズは格好だけの似せ物で、インスタント味噌汁です。
おいしい粉チーズはハード系のナチュラルチーズですりおろせればパルミジャーノでなくてもいいです。
ねおかんには、オランダのエダム（通称赤玉）があります。私の大好きなチーズでちょっと渋くて粉チーズでよし、薄切りでサラダにオードブルによしで、パルミジャーノに匹敵するくらい美味しいと思います。

<img alt="090116.jpg" src="http://neo-cam.net/human/images/090116.jpg" width="300" height="626" class="imgr" />
で、ハード系チーズは特に日本の鰹節や味噌に近い味覚なんですよ。
シーザーサラダってのはファミレスでもコンビニでもアレンジしまくりですが、正統は、粉チーズ、オイル、ビネガー、塩こしょう、アンチョビ、ガーリックのすり下ろしで作ったドレッシングと、葉っぱ類の野菜に、クリスピーベーコン、クルトンという組み合わせです。
このうち、粉チーズ＝味噌、アンチョビ＝塩辛、ベーコン＝鰹節ときたら旨みの三段責めで日本人にとって嫌いなはずがありません。

白カビチーズは食べやすいほうだけど、ブルーチーズ、ちょっとにおいのあるウォッシュタイプも慣れてしまったら病みつき間違いなし。バケットとワイン、ソーセージ、ピクルス・・。もう、最高です。

でも、いくらホンモノホンモノと言っても食べ方があるので、今度一緒に食事しましょう。
ちなみに、チーズフォンデュに使うスイスのグリュイエール（これもねおかんに在り）は、私も初めての時は冗談かと思うくらいキッチン中がものすごい匂いに包まれました。ところがこれも凄いチーズで、オニオングラタンスープやクロックムッシュは間違いなくこれが美味しいです。

（写真は昨日焼いたバケットで、直径5cmの極細タイプ。チーズフォンデュ仕様と呼びたいと思っています。サラダはローストビーフと水菜とセリで、味噌漬け入りドレッシングとパルミジャーノをトッピングしたもの）]]>
      
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   <title>新春初みっけ！（Ｇ）</title>
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   <published>2009-01-07T10:02:18Z</published>
   <updated>2009-01-07T11:10:04Z</updated>
   
   <summary>あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。 Google カレ...</summary>
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   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://neo-cam.net/human/">
      <![CDATA[あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。

<h4>Google カレンダー機能発見。ひょっとして知ってた？</h4>

Googleのカレンダーに予定を入れるとき、（私はいつも月表示で、日付のスペースをクリック→入力。としているんですよ）

タイトルに書いた文章は＝そのままタイトルに入る。と思っていたら、なんと！
時間を入れるとその時間に予定がインプットされる事を発見しました。

たとえば、<strong>「新井駅13:55」</strong>と入力すると、
予定には<strong>「新井駅」</strong>となって、ちゃんと<strong>13:55</strong>の時間に入力されます。
知らなんだ〜

ところが数分後・・。
そーう言えば、入力しようとしたときの凡例で「19:00に水族館で待ち合わせ」となっていたな〜、と気づき、<strong>「19:00に水族館で待ち合わせ」</strong>と入力してみたら・・・
タイトルは「水族館で待ち合わせ」となって時間は19:00に入力されているではないか！！ちゃんと”に”まで省略される訳だ。（今更気づいた自分が恥ずかしい）

それでは・・！
<strong>「新井駅に15:00」</strong>　→　<strong>15:00「新井駅に」</strong>
<strong>「新井駅に15:00よ」</strong>　→　<strong>15:00「新井駅によ」</strong>
う〜ん。時間の後に付く文字は削除されない代わりに、文中でもオッケーなんだ・・。では、

<strong>「新井駅15:00〜16:30にね」</strong>　→　<strong>15:00〜16:00「新井駅にね」</strong>
さすがに、”○時まで”の部分までは反映されてないみたいだな。

<strong>「新井駅15:55〜16:30にね」</strong>　→　<strong>15:55〜16:00「新井駅にね」</strong>
お、開始時間は大丈夫そう・・・。

関心しながら、<strong>「3時新井駅」</strong>と打った　→　<strong>15:00「新井駅」</strong>

そうねっ。と思いながら<strong>「３時新井駅」</strong>　→　<strong>15:00「新井駅」</strong>（全角数字OK）

う〜ん。では、<strong>「３時半新井駅」</strong>　→　<strong>15:30「新井駅」</strong>（漢字OK）

やぁるなぁ・・。では、<strong>「３時半蔵門駅」</strong>　→　<strong>15:30「蔵門駅」</strong>　か、勝ったぁ・・
ともかく。

時間をタイトルに書くと、（ご丁寧に）自動的に反映してくれる。っていうことでした。スゴイ。]]>
      
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   <title>Googleドキュメント、共有が凄いです</title>
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   <published>2008-09-10T00:44:14Z</published>
   <updated>2008-09-10T00:44:44Z</updated>
   
   <summary>（解らない人ごめんなさい） オーナー、グループ、全て・・という考え方で、リードと...</summary>
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      （解らない人ごめんなさい）
オーナー、グループ、全て・・という考え方で、リードとライトの権限を上手に与えているわけなので、考え方はサーバのパーミッションと似てるんですが、ユーザインターフェースが巧みで驚きます。
例えば、作成したデータを見せたい場合。
プリントができることは勿論ですが、Gアカウントを持っていない人へは、シート単位でwebで公開する方法で共有できることはすでに当然？です。
こないだからガジェットで共有する方法や、公開オプションでhtmlに埋め込むソースが書き出せたり、pdfやrssでユーザがリアルタイムでurlからデータを取得できることに気づき、もうはがれるウロコもないくらいです。
そう言えばフォームも進化しています。
googleが作ったブラウザはどうなるんだろう。凄いなぁ・・
      
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   <title>相変わらず本好き</title>
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   <published>2008-08-01T00:04:56Z</published>
   <updated>2008-09-03T23:54:57Z</updated>
   
   <summary>郊外に巨大な本屋さんがいくつも出来て、昔は都会に行かなければ見ることが出来なかっ...</summary>
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      郊外に巨大な本屋さんがいくつも出来て、昔は都会に行かなければ見ることが出来なかった専門書をいつでも触れることができるようになりました。専門書は内容が気に入らないと殆ど利用価値がないのでじっくりと確かめて手に入れるようにしています。なので頻繁に行けることはありがたい。

高額な専門書も発刊のサイクルが早まっている気がするのは私だけでしょうか？
以前は本屋に出かけて棚に目を走らせると、殆どの本はチェック済みで新顔を見つける事が容易でしたが、ここ２〜３年？どんどん入れ替わって、1ヶ月も棚をご無沙汰してしまうと焦ってしまうほど新しい本が入っている事があります。これはひょっとして本屋さんのマーケティング力が向上したのかな？と思いきや、本そのものもクオリティーが高いし、さらにうかうかしていれない気にさせられてしまいます。（で、結局買ってしまった。となる）

昔は、廃刊や、もともと自分の目につくことなく通り過ぎたりして、手に入らない本が沢山あったと思います。ほどよく情報が陳腐化されていたのかな。
ところが性根が本好きの私。タイミング良く棚が入れ替わって、興味深い本を見せられたら買わずにはいれません。ネットでは中古を安く手に入れられるし、探して探せない本の数のほうがはるかに少ないです。いつ、どこで手に入れるかを待っている状態でもあります。

本はたやすく手に入っても情報処理するのは私という人間ですから、頭や体が追っつかない。
１つの目的に、３つも４つもプロセスを見せられると、混乱して結果的に遠回りになりかねない。多少クセはあっても先生は一人のほうがいい。と思うのですが・・・。

だいたい私の本棚の状況が想像ついたでしょうか？ともかく、見る本も見ない本もぎっしり。
いい訳するわけではないのですが、きちんと整理はしてます。どこに何が書いてあるかも把握はしているつもりです。しかし増え続ける本。これは実用なのか、いっぱい情報を持っていることを趣味としているのか微妙なところになってきました。

こんな状況を変えてみようと、最近、本屋さんで工夫していることがあります。
１．良い本をじっくり探すこと。
２．なるべく立ち読みですますこと。
３．買わずに未練が残ってる本をチェックすること。

でも結局買っちゃう私なんですが、年に何回かはつま先までビリビリくるような衝撃的なページに出逢うのがたまらなくて、やっぱり本は魅力がありますね。


      
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   <title>朝はいい時間ですね</title>
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   <published>2008-07-24T23:43:58Z</published>
   <updated>2008-07-24T23:47:36Z</updated>
   
   <summary>朝はいい時間ですね。 20代は音楽をやっていたおかげで、夜は明るくなるまで夜更か...</summary>
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      <name>よーくん</name>
      
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      朝はいい時間ですね。

20代は音楽をやっていたおかげで、夜は明るくなるまで夜更かし。当然起きるのは決まってランチに間に合う時間。
40を超えたころ、なぜか5:30に決まったように目がさめるようになり目覚まし時計が必要無くなりました。
朝起きると、昨晩ムカムカしていたこと、思い悩んでいたこと、すっかり忘れる勢いで気分が爽快なのはなぜでしょう？
おまけに、明解に難問がとけたり、新しい発想がふっと浮かんできます。生まれ変わったように、私にとっては最高の時間です。
それが年々顕著になってきたような気がして、朝が楽しみなので早く寝る方が得策。と、夜はあまりこだわらないようにしました。だって、寝るだけで解決するんですから。

一日のサイクルで時間の使い方にリズムが出来ると、1週間、1月、1年・・・5年、10年と時間の読みができるようになり、逆にあっという間に過ぎてしまう気がして焦りも感じてしまうのですが、それはそれでこれからある時間を有効に使おうと、一生懸命生きたり、一生懸命なまけたりするようになった気がします。


おいしい物が沢山あると、つい欲張っていっぱい食べよう、いっぱい食べたいと思ってしまいますが、限度があります。ギャル曽根ちゃんみたいになれたら嬉しいなぁと思いつつも、今の私は消化力があまり旺盛ではなく、ほどほどに楽しむのが気持ちいいことが経験で解ってきました。
朝食を食べなくなってかなり経ちますが、私にとっては間違いなく体調がよく、生活指導の方には怒られますがもう少し続けたいと思っています。

食べ過ぎで消化できないのは、食べ物ばかりではありませんね。
植木鉢の水や肥料のやり過ぎ。早く育て！と、手をかけすぎても当の植物には大迷惑な話。おまけにほったらかしで何日も放置されたら弱るのは当たり前。私はこれで園芸家を断念しました！？

勉強のしすぎ、考えすぎもそうじゃないかなぁ。
それこそ適度に年をとってきた私は、これまた適度に脳の反応も鈍ってきて、あまり詰め込んで考える事を放棄するようになってきました。これは良い傾向だと思っています。
なぜかというと、勉強がどんどん出来るときは、知識が先行して結果や実体験がついていきません。反省や改善、そして熟成、消化といった作業が追っつかないと思います。

時が解決する→これは忘れる事だと思いますが、バランス良く時間が過ぎていくことが大事なんだと思えるようになりました。
だから、寝たり、なまけたりすることはいいんですね。

土いじり、とくに縄文土器を作っていてそう思います。（弥生土器ではダメです！？）
時間が延々と過ぎていって、縄文人の土器に込められた想いが時空を超えて飛び込んでくるから不思議です。これはやってみた人で無いと解りません。（これ以上言うと思想っぽくなるのでやめます）

スローライフなる言葉がありますが、ゆっくりやることがいいことなんではなくて、そもそも消化できないスピードで物事進み過ぎています。せっかく面白いことがいっぱいあるのに。と思えてなりません。
      
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   <title>ひと夏に一回くらいは…の巻</title>
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   <published>2008-06-25T01:32:32Z</published>
   <updated>2008-06-25T02:44:38Z</updated>
   
   <summary>「えーとたしかこうやって…」となんとなく覚えているもののひとつに浴衣を自分で着る...</summary>
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      <name>やっこ</name>
      
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      「えーとたしかこうやって…」となんとなく覚えているもののひとつに浴衣を自分で着ることがある。
子供ではないが「でっきるっかな〜♪」と頭の中にBGMを流しつつ、着付けのプリントを見る。
（すでにこの時点で覚えていないのがバレバレだ）

今年もそんな季節となり、そんな機会がやってきた。
7月9日（水）に八木先生の書道教室の皆さんと浴衣で団扇の作品展をし、
ねおかんで季節の花を生け込んでくださる内記先生のお弁当をいただくことに。
私同様、書道の生徒じゃないけれど、参加したいかたはお早めにご連絡を。

      
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   <title>私の相棒のビーバーと焼きものの因果関係</title>
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   <published>2008-05-24T01:35:09Z</published>
   <updated>2008-05-24T02:35:21Z</updated>
   
   <summary>昨年の5月下旬に購入したビーバー（草刈り機、刈り払い機とも言う機械の通称？）は、...</summary>
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      <name>よーくん</name>
      
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   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://neo-cam.net/human/">
      <![CDATA[昨年の5月下旬に購入したビーバー（草刈り機、刈り払い機とも言う機械の通称？）は、手放せない存在になってしまいました。
なんでこんなにいいもの今まで使わなかったのだろうと、悔やんでもしかたないので今一生懸命使っています。

私の正確にピッタリなんでしょう。ビーバーを手に入れてから草刈りが楽しくてしかたありません。
・きれいな花が咲いていたことに気づかなかった。
・空き缶やタバコの吸い殻がいかにいっぱい自然の中に捨てられているか。
そして、こんなゴミは私が拾わない限り草を刈る度にいつもそこにあることにも気づき、とうとうゴミ拾いもするようになりました。
草刈りをしているといろんな事に驚いたり、腹が立ったり・・。自分をふり返ることにもなります。

人のためにきれいにしたいと思って始めたのでは無いのですが、いろんな事が起こりました。

↓　ねおかん回りの生い茂る雑草を見かねて、ビーバーを手に入れ、草刈りに励んだ。
↓　腹筋が鍛えられたせいか、悩まされていた腰痛が軽減した。
↓　きれいにする範囲が広がっていった。
↓　きれいにしたら、以前よりどこからともなく人が集まるようになっていった。
↓　ねおかんのお客さんも「いいところ」と誉めてくれ、できるだけ維持したいと考えるようになった。

そうして今年は、関川の川上の川岸に生い茂ってしまった、つるや雑木を、有志で切り倒し今まで隠れていた水面を見えるようにしました。
見晴らしがすごく良くなり、いっそう健康的な雰囲気になった気がします。

ところが、想像していた事ですが、そこで出た木の枝やつるの処理に困っています。
積んでおいたところは草が刈れずに山になっているし、そのまま腐らすのもせっかくの景観が台無しです。なんとかしたい！オブジェを作る？
チマキを茹でる燃料にする？
チップにしてスモークに使う・・？

ちょっとずつ整理をしながら、焼いて灰にし、焼きものの釉薬を作れないかな？なども考えています。
（<a href="http://www.city.myoko.niigata.jp/guide_seikatu/kurasi/18kankyou_soudan.html#anchor640384">野焼き禁止</a>／妙高市ホームページより）

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